水産研究本部

試験研究は今 No.706「マツカワの大量放流(えりも以西海域)による効果」(2012年2月3日)

幻の鰈?

  「マツカワ」は,全長60~80センチメートルにも達する冷水性の大型鰈で,味は鰈の中でも最上とされています。かつて北海道沿岸では数10トンの水揚げがありましたが,1980年代から絶滅状態となり,幻の鰈と呼ばれていました。1990年頃から北海道立栽培漁業総合センター(現道総研栽培水産試験場)を始めとする研究者達によって,資源を増やそうと種苗生産研究が始まり,多くの問題が克服され,生産技術が確立していきました。秋に全長約8センチメートルで放流された「マツカワ」は,放流後1年で全長約25センチメートル,2年で約35センチメートル(体重0.6キログラム),3年で雌は約45センチメートル以上(体重1.4キログラム)にも達する成長の速い魚です。そのため,北海道では栽培魚種のホープとして,太平洋側で放流事業が進んでいます。

  えりも以西太平洋海域(渡島東部から日高)では,えりも以西栽培漁業振興協議会(関係漁協,市町村)が主体となり,2006年から100万尾の大量放流が開始されました。その放流効果は早くも2008年頃から顕著に現れ,漁獲量が急増しています。ついに,幻の鰈と言われていた「マツカワ」が,絶滅の危機から人間の手によって甦ってきたのです。

  そこで今回は,えりも以西海域における大量放流による効果を説明したいと思います。
    •  図1
      図1 マツカワの放流数と漁獲量
    • 図2
      図2 マツカワの漁獲金額と単価

放流数と漁獲量の動向は?(年度は4月~翌年3月)

  えりも以西では,2006年から100万尾放流体制が整い,近年では計画を上回る120万尾前後が放流されています。えりも以西における漁獲量は,2008年度から急増し,2010年度は約138トン(全道では約180トン),漁獲金額は約1.5億円(全道では約1.9億円)で,ともに前年に比べ増加しており,漁獲のほとんどは人工種苗放流魚と考えられています。残念ながら単価は,漁獲量の急増に伴い低下し,2008年度以降は横ばいになり,約千円/kgで推移しています(図1,2)。
    • 図3
      図3 年齢別漁獲尾数の推移

回収率は?

  放流した魚が何パーセント回収されたのかを知ることは,放流効果を把握するために重要です。そこで,市場調査で得られた全長のデータを用い,年齢別漁獲尾数を算出しています。2010年度のえりも以西管内における漁獲尾数は約13.4万尾でした。年齢別では, 4歳(2006年放流群)が約1.1万尾, 3歳(2007年放流群)が約4.7万尾, 2歳(2008年放流群)が約6.4万尾, 1歳(2009年放流群)が約1.1万尾漁獲され,例年のとおり主体は2~3歳ですが,4歳(2006年放流群)も増加してきました(図3)。             

  えりも以西で放流した2006年放流群の回収率は,4歳までで11.1パーセント,2007年放流群は3歳までで11.8パーセントになっています(図4)。また,放流尾数に対する漁獲尾数(海域別に2006年放流群の4歳まで)の比率によると,渡島太平洋で10.1パーセント,噴火湾渡島で4.2パーセント,噴火湾胆振で2.2パーセント,胆振太平洋(室蘭~白老)で16.0パーセント,胆振太平洋(苫小牧~鵡川)で26.6パーセント,日高西部(門別~静内)で23.7パーセント,日高東部(荻伏~様似)で10.0パーセント,日高東部(冬島~庶野)で4.8パーセントになっています(図5)。

  以上のように放流尾数に対する漁獲尾数の比率は,胆振太平洋(苫小牧~鵡川)から日高西部(門別~静内)にかけて特に高く,噴火湾では低くなっています。これらの海域による格差の原因としては,餌量,水温,底質等による成長差や回遊による移動等が考えられており,放流体制(放流尾数,時期,場所)の見直しが必要でしょう。
    • 図4
      図4 マツカワ放流群別の回収率
    • 図5
      図5 放尾数に対する漁獲尾数の比率

      (2006年放流群の4歳まで)

費用対効果は?

  2006年放流群の4歳までの漁獲金額を試算した結果,約1.34億円でした。さらに費用対効果を次式により求めました。 

  費用対効果=漁獲金額(円)/種苗生産経費(円)

  その結果,2006年度の種苗生産経費は約9千万円であったことから,2006年放流群の4歳までの費用対効果は約1.49と推定され,単価は減少したものの採算性は高くなっています。

終わりに

  水産試験場では,放流効果をさらに高めるため,種苗生産技術や放流技術の改良を進めています。
また,放流魚を回収するだけではなく,放流魚の自然繁殖による再生産効果も期待されていることから,「産ませて獲る」を実現する栽培漁業の確立を目指しています。 

(栽培水産試験場 調査研究部 村上修)

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