水産研究本部

試験研究は今 No.505「噴火湾におけるトヤマエビの漁獲変動」(2003年8月4日)

「噴火湾におけるトヤマエビの漁獲変動」

はじめに

  噴火湾のトヤマエビ(通称ボタンエビ)は年間100~200トンほど水揚げされ、北海道全体の約30パーセントを占めるとともに、湾内でも重要な資源となっています。

  主に、えびかごで漁獲され、漁期は、春期(3~4月)と秋期(9~11月)の2回となっています。 歴史的には、浅海性のホッカイエビを除き、えび漁業としては北海道ではもっとも古く、1902~03年ころに手繰網により開始されていますので、約100年間続いてきたことになります。
漁獲量の変動は、近年もそうですが、昭和初期(3~8年)においても約50~450トンとなっており、比較的激しいものとなっています。
この漁獲変動などについて、環境(水温)が影響している可能性がでてきましたので報告します。

噴火湾の底層水温(極小水温)

  北大大学院水産科学研究科において、1985年から噴火湾の底層水温がモニタリングされています。その解析結果について紹介します(以下、三宅:2001より)。
図1は、1985年からの噴火湾中央部の底層水温(80メートル層)の経月変化です。各年で最も低い月平均水温(極小水温)は、5月を中心にみられています。

  この時期は親潮系水の流入滞留期間であり、極小水温は親潮系水の変動指標になります。図2は、この極小水温の1985年以降の推移を示したものであり、温暖期(1989~1997年)と寒冷期(1985~88年と1998年以降)といった長期的な変動傾向(周期性)があります 。

  一方、冬の北半球を支配する気団として、アリューシャン低気圧があります。シベリア高気圧との強さの差が日本付近に北西の季節風を生じ、さらに親潮の強弱を通じて、噴火湾底層水に影響を与えています。この低気圧の発達や位置のシフトには約10年の周期性があります。

  また、北極振動と称される北極渦の中心位置の変動があり、こちらは7~9年の周期性をもっています。このため、1989~97年は日本付近は温暖で、1998年から寒冷な気流がオホーツク海などに流れ込み、2001年冬はその典型例とされています。両者の関係はよく分かっていませんが、いずれにしても、大気側の変動が、噴火湾底層水温に影響を与え、前出の長期変動などに良く対応するとされています。
    • 図1
      図1 噴火湾底層水温の月別推移(1985~2002年)

      (●:最小値、資料:北大大学院水産科学研究科)

    • 図2
      図2 噴火湾底層における極少水温の年変動

      (資料:北大大学院水産科学研究科)

漁獲量の変動

  1985年以降の噴火湾トヤマエビの漁獲量および極小水温の推移を図3に示しました。 トヤマエビの漁獲量は、1986・87年に100トン台、1988・89年に約300トンと増加し、1990年には790トンと、全道漁獲量(1,131トン)の 71パーセントを占めるに至りました。

  その後、1993年までは約400トン、1994年には147トンまで低下しました。その後も117~484トンとかなり変動を伴った状態で推移しています。

  また、傾向的にみる と、漁獲量は1990年以降1999年ころまで減少しているように思われます。 このように漁獲変動は激しいのですが、これを極小水温と対比すると、一部の年(1996年など)を除き、かなり水温と連動していることが分かります。両者の関係に 時間的なズレがなく、漁獲物が満1歳以上であることから、水温がトヤマエビの発生等の初期段階ではなく、その年の漁獲量に直接影響を与えていると考えられます。

  また、湾外のえびかごの主体はホッコクアカエビで、トヤマエビは混獲程度となっており、湾外からの移出入は(あったとしても)比較的少ないものと思われます。 従って、水温により、その年の湾内の資源量(尾数)自体が大きく変動することは想定しづらく、漁獲率(獲られやすさ?)が変化していると考えられます。

  このことは、 水温が分布密度(集合逸散)や摂餌要求などに影響を与えていることが示唆されます。

  また、1998年以降は寒冷期に入っているとすると、極小水温は、(近年は高温 の年もみられ必ずしも低温とは限りませんが)低くなる可能性が高く、漁獲率ひいては漁獲量はあまり期待できない状態が続くと予想されます。

  さらに、漁獲量は当然 のことながら資源状態にも影響を及ぼすため、高(低)い漁獲率が続けば、資源量が減少(増加)していくことも想定されます。

  従って、1989~1997年が温暖期とする と、1990年以降の漁獲量の傾向的な減少は、資源量の減少によるものと理解することもできます。逆に言えば、1998年以降(寒冷期?)については、漁獲量は低く抑 えられるものの、資源量は増加が想定され、次期の温暖期への移行時に、低漁獲率から高漁獲率に変化することにより、1990年にみられたような急激な漁獲量の増大が起きる可能性も考えられます。

漁獲物の変化

  トヤマエビが始めて本格的に漁獲に加入してくるのが、9月の雄(満1歳)からです。図4は、1994年以降の9月の雄の甲長組成と極小水温の推移を示したものです。

  甲長組成のモードは21~24ミリメートルにあり、年による変動がみられます。これを極小水温と対比すると、漁獲量と同様、かなり水温と連動していることが分かります。こちらも両者の関係に時間的ズレがなく、その年の成長に影響を与えていると考えられます。この成長量の違いが、前項の摂餌要求や漁獲率へと繋がることが考えられます。このような年ごとの変化とは別に、(通常の年変動に含まれるのかもしれませんが)1997年以降、2001年を除き、僅かながら大型にシフトしているようにみえます。 (紙面の都合上省略しますが)これに連動するように、近年、(通常は満2歳からですが)満1歳の一部分が性転換へ移行しており、性転換個体の若齢化による小型化、同様に雌の若齢小型化がみられています。

  また、性転換個体の出現時期も、それまでの3~4月から11月へと変化がみられています。
    • 図3
      図3 噴火湾トヤマエビ漁獲量と極小水温の推移
    • 図4
      図4 噴火湾トヤマエビの雄1歳(9月)の甲長組織モードと極小水温の推移 (甲長組成網掛部:モード)

最後に

  北半球における大規模な気候変動が、噴火湾トヤマエビのような地方種の成長・発育段階・生活周期といった生態に変化を与え、それが漁獲量(率)、さらには資源量 に影響を与えている可能性が考えられます。また、この気候変動が周期性をもっていることから、これらの変化の長期的予想に利用することも考えられます。

  また、生態に影響を及ぼすという観点から、日本海(隔年産卵)と太平洋(連続産卵)のトヤマエビの生態的な 違いを理解する手懸りになることも考えられます。現在は 作業仮説の段階にすぎませんが、今後できるだけ検証していく必要があると考えています。
(函館水産試験場資源管理部國廣靖志)