水産研究本部

試験研究は今 No.508「水産資源管理に伴う不確実性に対処するには」(2003年9月26日)

水産資源管理に伴う不確実性に対処するには

はじめに

  皆さんは「不確実性」という言葉を新聞やTVなどでご覧になったことがありますか?
特に、金融や投資といった経済関係ニュースなどで出現頻度が高い言葉のようです。
簡単にいってしまうと「将来何が起こるか現時点では予測できないため、現在の行動(投資など)に何らかの影響を与える事柄」と定義されているようです。もっとも私は経済学の専門家ではないので、経済の話はこれぐらいにしておき、本題に移りたいと思います。

  水産資源管理においても今述べたような「不確実性」が現時点でどのような管理方法をとるべきかについて大きな問題となります。

  今回はこの資源管理に伴う不確実性にどのように対処すれば良いのかを研究している水試と北海道大学水産学部との共同研究(平成15年度から開始)をご紹介します。

水産資源管理に伴う不確実性とは

1.資源量推定に関する不確実性
  資源を管理しようとするときまず重要な情報は、その資源(魚やカニなど)が海の中にどれくらいいるのか(資源量)という情報です。この資源量を推定するためには、海の中の対象としている資源の一部分を捕まえてきて、その大きさや年齢などを調べ、その情報をもとに、海の中には全体でどの程度の資源量がいるのかを計算します。つまり、一部分を調べそれから全体を推定するという作業を行います。

  残念ながら、資源全てを捕まえてきて、あるいは観察して資源量を把握することは莫大な費用と時間が伴い現実的ではありません。

  資源の一部分を調べ、全体を推定するという方法で資源量を推定すると、必ず誤差(間違い)が起こります。なるべく資源全体を反映するような一部分を調べるよう努力しますが、資源全体の数が大きいので、どうしても誤差(間違い)は含まれてしまいます。
2.将来を予測するために必要なデータの不確実性
  資源を管理するために必要な次の情報は、資源が将来どうなるか(減るのか増えるのか?)という問題です。これを知るためには、今海の中にいる水産資源がどの程度自然に死ぬのか、また、どの程度成長するのか、どの程度の子供を新たに生むのか、などの情報が必要です。この中で、どの程度子供を産むのかという情報を例に考えて見たいと思います。これぐらいの親がいれば 、これぐらいの子供が生まれるといった情報(再生産関係)があれば、今年の親の量から生まれる子供の量は推定できそうです。

  しかし、資源量推定の不確実性のところでお話したように、この再生産関係も資源全体を調べたわけではなく、資源の一部分を調べ全体を推定しています。したがってこの関係にも誤差(間違い)は含まれてしまいます。

  しかも問題を複雑にしているのは、この再生産関係は水温や塩分濃度といった環境要因の変化によって変わってしまうということです。さらに水温などの条件のみならず、その資源自体の密度(込み合いの度合い)や、その資源の餌となる生物の量や同じ餌をめぐる他の魚の量など、その資源を取り巻く全ての条件により、大きく変動するということが分かっています。

  今私たちが理解している再生産関係は、それを調べた期間(通常複数年の調査の平均で表わします)での資源を取り巻く条件のもとでは、この程度の親からこの程度の子供が生まれたという情報でしかありません。これから予測したい将来がこれらの条件とまったく同じである保証は全くありません。それどころか、たくさんの条件が絡み合ってこの再生産関係を決定していることを考えると、再生産関係を決定する条件は変化するであろうと考えるのが普通です。

  したがって、再生産関係は今分かっている情報がそのままでは将来予測には役に立たないと言えます。死亡や成長に関しても再生産関係と全く同じことがいえます。

どのように不確実性を考慮した資源管理を行えばよいのか?

  これまで述べてきたように 、私たちが持っている水産資源に関する情報はあまりにも「不確実」なものです。しかも水産資源の将来を予測するための情報は、少ししか分かっていません。
しかし、それらが分かるようになるまで、何も資源管理をしなくてもよいのかというと、何もしない間に水産資源は絶滅してしまうかもしれません。絶滅してしまった生物は二度と生き返ることはありませんので、取り返しのつかないことになってしまいます。

  そこで、情報が少ないなりに今出来る最大限の努力をして、どのように資源管理に取り組むかの道筋を示そうというのが、水試と北海道大学水産学部で取り組んでいる共同研究です。
1.間違いの程度を把握する
  資源の一部分を調べ、全体を推定するという方法で得られた情報(ほとんど全ての情報)には必ず誤差(間違い)が起こることはすでに述べました。この誤差の程度は、統計学的手法を用いることにより明らかに出来ます。
2.将来の不確実性に対処する
  将来の水産資源を取り巻く条件を全て合理的に予測することは不可能です。たとえば来年水温が何度になっているかなどは、いくら科学技術が発達しても、誰も正確に知ることは不可能でしょう。そこで、 例えば、将来再生産関係がどうなっているかをどのように考えるともっともらしいのでしょうか?

  将来再生産関係がこのようになるという正確な答えは知ることが出来ません。

  そこで、これから予測しようとする将来は、基本的には今得られている再生産関係を推定した期間に起こった条件と同じことが将来にも起こるという仮定をおきます。

  しかし、すべての条件が同じになるとは考えにくいことから、得られている再生産関係を中心に変動すると考えます。
具体的には少なくともこの再生産関係の誤差(間違い)の程度ぐらいは変動すると考えます。
3.将来を予測する
  今まで述べてきたように、誤差(間違い)の程度や将来の変動の程度を使って水産資源の将来を予測する手法を簡単にご紹介します。

  まず、資源量の推定値の誤差(間違い)についてです。ここで特殊なサイコロを用意します。このサイコロには資源量の数字がたくさん書かれています。その面には資源量推定において間違ってしまう確率を反映した数だけ間違った資源量の数値が書かれています。他の面は正しい資源量の数字が書かれています。このサイコロを何回も振ると、出る目の結果は資源量の誤差(間違い)を反映した結果になります。

  次に将来予測に必要な情報に関するサイコロも作ります。このサイコロの面は各情報に対応したものをつくります。これらのサイコロを振ることにより得られた情報を使い、先ほどの資源量の数値から翌年の資源量を計算します。これを例えば10年分行うと10年後の資源量の数値が計算できます。

  このサイコロを振って10年後の資源量を計算するという作業を最低1,000回程度行います。

  この方法で、資源の将来の不確実性を考えにいれた将来予測が可能となります。この将来予測に資源管理の方法を組み入れることにより、例えば3年間禁漁するという方法を導入すると、その方法の結果10年後の資源量は今の資源量より増えている確率◎×パーセント、今より減っている確率×○パーセントなどという具合にある管理策の成功する(例えば資源が増えている)確率と失敗する(例えば資源が減ってしまう)確率が何パーセントという結果が得られます。

  今持っている、限られた情報から将来どうなるかを数値化することにより、漁業者の方々はもちろんのこと消費者である道民の皆さんにも、「今情報が少ないので、この程度の確率で失敗するかも知れないが、現在考えられるかぎり、このような管理策をとることによって将来にわたって資源を絶滅させることなく資源を持続的に利用できる。」とお知らせすることが でき、北海道庁がどのように意思を決定(政策を実行)したのかが明らかになります。これまでより資源管理における道庁の仕事が皆さんに分かりやすくなるものと考えています。
(中央水産試験場 資源管理部 山口 宏史)