水産研究本部

試験研究は今 No.512「藻場造成に用いる付着基質の表面粗さとモク類の付着」(2003年11月21日)

藻場造成に用いる付着基質の表面粗さとモク類の付着

はじめに

  現在,水産工学室ではニシン資源増大推進プロジェクトにおいて,産卵藻場造成技術開発に取り組んでいます。この中で,これまでにウガノモク,フシスジモクという大型多年生海藻を対象とした造成手法を開発するとともに,両種の幼胚(仮根という付着器官が発達した胚)の付着に関与する流速条件を実験から明らかにしてきました。この幼胚の付着試験では,一方向への流れの速さが7.5cm/s以下であれば多くの幼胚が試験基質に付着できるという結果を得ることができました。実験に用いた試験基質はスライドグラスでした。しかし,実際に造成を行う際には,ガラスのような表面の滑らかな物を使うことはないと思われます。また,表面の形状により幼胚の付着量が多くなれば,効率的な造成が行えると考えられます。そこで,幼胚が付着する基質の表面の粗さが,幼胚の付着量にどのような効果をもたらすかを調べるため室内実験を行いましたので,その概要を説明します。

実験方法

  観察面の大きさが縦30ミリメートル,横50ミリメートルのアクリル板の表面に直径1ミリメートルの穴を中心位置が2ミリメートルの間隔で穿ったもの(JIS規格B0601,算術平均粗さRa=0.20ミクロン。以下,1ミリメートル基質と略す),直径3ミリメートルの穴を中心位置が6ミリメートルの間隔で穿ったもの(Ra=0.61ミクロン。以下,3ミリメートル基質と略す),直径5ミリメートルの穴を中心位置が10ミリメートルの間隔で穿ったもの(Ra=1.01ミクロン。以下,5ミリメートル基質と略す)および比較対照として表面加工していないもの(以下,無加工基質と略す)の計4枚を試験基質として作製しました(表1,図1)。これらの試験基質を,海水を満たした容量30リットルの小型円形水槽内に底面と水平になるよう鉄枠を用いて固定しました(底面上50ミリメートル)。試験基質の配置は,すべての試験基質に等しく流速が作用するように,水槽中心を対称とした同心円上とし,その位置の5秒平均の流速を,電磁流速計を用いて計測しました。実験では水槽内の海水を表面から撹拌し,試験基質位置の流速を7.5センチメートル/秒に維持しました。この水槽中に別の容器で採取したウガノモクの幼胚を投入し,約15分後,試験基質を静かに引き上げ,実体顕微鏡下で試験基質上に付着していた幼胚数を計数しました。

表1 試験基質の表面粗さ
  1mm基質 3mm基質 5mm基質
穴の直径(mm) 1 3 5
穴中心の間隔(mm) 2 6 10
Ra値(μm) 0.20 0.61 1.01
Ra値:JIS 規格 B0601算術平均粗さ
    • 図1
      図1 試験基質の表面粗さ

実験結果と最適な表面粗さ

  1ミリメートル基質への付着状況を写真1に,Ra値でまとめた幼胚計数結果を図2に示します。1平方ミリメートル当たりの平均付着数は,穴内部では,1ミリメートル基質が1.00個(標準偏差SD±1.02),3ミリメートル基質が0.72個(SD±0.25),5ミリメートル基質が0.32個(SD±0.15)でした。また,穴以外の基質表面では,1ミリメートル基質が0.10個(SD±0.2),3ミリメートル基質が0.09個(SD±0.06),5ミリメートル基質が0.05個(SD±0.02)でした。無加工基質では0.18個(SD±0.12)でした。穴内部および穴以外の基質表面ともに,Ra値が小さいほど多くの幼胚が着生していましたが,無加工の基質では各試験基質の基質表面を僅かに上回る程度でした。

  各基質への幼胚供給量や流速条件は同じであると考えられますので,試験基質表面に加工した穴の大小や穴の配置により,穴内部および基質表面上に微小な流れの変化が起こり,幼胚の付着に影響を及ぼしたと推察されます。

  今回の結果では,基質の表面粗さが細かい,より滑らかな物ほど,幼胚付着量が増える結果となりましたが,際限なくRa値を小さくすれば良いかというと,それは無加工の基質と同じになるため,Ra値が0.20ミクロン以下のどこかに幼胚の付着に最適なRa値があると思われます。ただし,実際の造成時には,コンクリートの表面に加工できる精度は限られますので,今回の結果を応用する範囲も自ずと決まってくるものと思われます。

  水産工学室では,平成12年に,庭石として利用される市販のコンクリートブロックを基質として用い,自然海域においてウガノモクやフシスジモクの幼胚を着生させることができました。その後も基質上で,これらモク類は生長を続けています。コンクリートブロック表面の具体的なRa値は不明ですが,所々5ミリメートル前後の大きな穴が開いているものの,他の部分は凹凸が目立たない平らなものでした。このように,かなり表面の滑らかな物もモク類付着基質として利用できることがわかったので,より効率的にモク類藻場造成を行う技術開発の可能性が見えてきました。
(中央水産試験場 水産工学室 金田 友紀)
    • 写真1
      写真1 1ミリメートル基質へのウガノモク幼胚の付着状況
    • 図2
      図2 試験基質に付着したウガノモク幼胚の付着数