水産研究本部

試験研究は今 No.521「海草スガモの調査をやってます」(2004年4月9日)

海草スガモの調査をやってます

はじめに

  石狩湾系ニシンの資源増大を目的として、平成8年度から日本海ニシン資源増大プロジェクトが始まっています。このプロジェクトでは、ニシン産卵藻場の造成技術を開発することを目的として、産卵場の探索、ニシン産卵時の環境の把握ならびに造成技術の開発を行っています。

  現在までの調査から、ニシンは様々な海草藻類に卵を産み付けていて、その中で最も良く利用されていたのがスガモでした。そこで、スガモが産卵場造成対象種の候補の一つとして注目されてきました。しかし、スガモはコンブ等とは違い、それ自体に漁獲物としての価値が無いため、北海道日本海沿岸において、詳しい生態が明らかになっていませんでした。

  そこで、我々はスガモ場の造成技術開発に向けての足がかりとなる基礎的な生態を明らかにすることを目的に、平成14年度からスガモ生態解明調査を行っています。今回は現在までに明らかになったスガモの生態について紹介します。

スガモとは?

  それでは、初めにスガモとはいったい何者なのでしょうか?実は、このスガモはコンブのように、私たちが一般に“海藻”と呼ぶものとはちょっと違います。確かにスガモも“かいそう”と呼ばれますが、漢字で“海草”と書きます。スガモは多くの陸上植物と同じように花を咲かせて種子を作る海産顕花植物の仲間なのです。スガモの外見は一見すると陸上の草とよく似ていて、草体は栄養株(葉を形成する株)、生殖株(種子を形成する株)ならびに根の部分に大きく分けられます(写真1)。種子は1つの生殖株に8~9個程度形成され、ちょうど船の“いかり”の様な形をし、腕状の部分にはハブラシのような細かな毛があり、海底の起伏や海藻などの基部に引っ掛かりやすくなっているようです(写真2)。
    • 写真1
    • 写真2

スガモの繁殖時期

  スガモは、二通りの方法によって群落を維持、拡大することが知られています。その方法とは、種子によって仲間を増やす有性生殖と呼ばれる方法と、株の基部から枝分かれによって新しい株を形成して仲間を増やす栄養生殖と呼ばれる方法です。それでは、それぞれの繁殖時期はいつ頃なのでしょうか?図1は余市町潮見地区における1平方メートルあたりの栄養株数と生殖株数の季節変化を示しています。生殖株は4月から観察され、7月には種子の放出があり、8月に生殖株は流失しました。このことから、当海域におけるスガモの生殖株の形成は年1回で時期は4~7月、種子の放出は7月であることが明らかになりました。栄養株の密度は、成熟時期後の9月に最低となり、その後、増加傾向を示して春季に最高となりました。この増加は11~3月にかけて株の基部から新しい株の形成が盛んに行われることから、栄養生殖が個体数の増加に関与していると考えられます。このことから当海域における栄養生殖の時期は、主に冬季であることが明らかとなりました。
    • 図1
      (図1) 栄養株と生殖株数の季節変化

スガモの群落拡大過程

  それでは、スガモの群落拡大に対して、栄養生殖と有性生殖がどの程度寄与しているのでしょうか?それを調べるため現在厚田村嶺泊地区においてスガモ群落内に人為的に裸地を作り、裸地へのスガモの侵入状況を定期的に観察しています。図2にスガモの裸地への侵入状況を示しました。平成14年9月にスガモ群落内に裸地を8面形成し、半年ごとにスガモの侵入状況を観察しました。裸地後、約半年後の平成15年3月に3つの区画において1~5株の侵入が認められました。1年後の平成15年9月には、前回侵入が認められた同一区画において、3~5株の侵入が認められました。これら侵入した株はすべて栄養生殖(株分かれ)由来の株でした。平成16年3月には、栄養生殖による侵入株は、前回までに侵入が認められた同一区画において4~6株が認められました。また、初めて有性生殖(種子)由来の株が2つの区画で観察されましたが、いずれも1株ずつと僅かでした。これらのことから、スガモの群落拡大のスピ-ドは遅いことが明らかとなり、遅いながらも株分かれが、主として群落拡大に寄与していることが考えられました。つまり、スガモは一度群落が崩壊すると回復するまで長い期間を要し、コンブやホンダワラ類のように短期間で群落を拡大することは困難と考えられます。大型海藻類にも増して群落の保全が重要なのです。

種子の最適発芽条件

  先程、群落の拡大に栄養生殖が寄与していると言いましたが、人為的にスガモ群落を造成する場合には、種子による造成が有効と考えられます。つまり種子は大量に確保することが可能であり、最適な環境で発芽段階や付着器官である根の形成までの初期生長を保護して海域に蒔けば、種子を直接蒔くよりも確実に造成が行えると考えられます。また、最適条件を把握することでスガモ側からの造成適地が見えてきます。そこで室内実験により、水温と塩分濃度を変えて種子の発芽の状況を調べてみました(図3)。その結果、スガモは5~15度の範囲では、高水温ほど発芽が促進されること、さらに塩分濃度が18~33psuの範囲では、塩分濃度が低いほど発芽が促進されることが明らかとなりました。

  これまでの調査から、ニシンの産卵行動に淡水(河川水)が影響しているのではないかと考えています。今回取り上げたスガモは進化の過程の中で、陸域から再び海に戻ってきた植物の仲間であり、低塩分の環境を好む可能性があります。今回の室内実験の結果からもそれが伺えます。つまり、ニシンとスガモが淡水(河川水)と言うキ-ワ-ドで結びついたことから、太古の昔からニシンとスガモは仲の良い友達(スガモからすれば迷惑なだけかもしれませんが。)なのかもしれません。今後も野外調査および室内実験によって、ニシンの友達“海草スガモ”の生態を明らかにしていきたいと思います。
(中央水産試験場 資源増殖部 津田藤典)
    • 図2
      (図2) 裸地区画へのスガモ侵入状況
    • 図3
      (図3)  各培養条件下における種子発芽率