水産研究本部

試験研究は今 No.535「網走沿岸でのサケ稚魚の生態と沿岸環境調査について」(2004年11月 24日)

網走沿岸でのサケ稚魚の生態と沿岸環境調査について

  本道への秋サケの来遊数は,平成15年に史上最高の5,990万尾を記録するなど,近年は概ね高い水準で推移しています。その背景には,海洋環境がサケにとって好適な条件となったことや放流技術が向上したことが大きく貢献しているものと考えられています。しかしながら,来遊時期ごとにみてみると,9月に来遊する前期群や10月に来遊する中期群と比べて、11月に来遊する後期群の回帰率が低いなどの課題もあり,回帰率をさらに向上かつ安定化させて,増殖事業の一層の効率化を図ることが必要と考えられています。

  現在、本道に来遊するサケのほとんどは人工孵化放流によって支えられています。毎年春には全道各地から計10億尾の稚魚が放流され、それらの稚魚の生き残りの良し悪しが3~6年後の秋サケの来遊数を左右します。サケ稚魚は放流された後、まもなく川を下り、海洋生活へと移行します。降海した直後の時期、すなわち稚魚が沿岸で生活する時期は生活史を通じて減耗が大きい時期であることが知られています。サケ稚魚にとって環境の良い時期(放流適期)に放流し、沿岸での生残率を高めることが放流技術の向上のために重要であると言えます。

  そこで、平成14年春から、網走沿岸において放流されたサケ稚魚の生態および沿岸環境について詳細な調査を開始しました。この調査では、成長履歴の明らかな稚魚を標識(耳石をアリザニン・コンプレクソン(ALC)で染色)して放流した後、沿岸では表層トロールと地曳網により稚魚を採集し、沿岸での稚魚の分布、成長、食性を調べるとともに、同じ調査地点の水温、塩分、栄養塩、クロロフィルa濃度を調べ、サケ稚魚の餌となる動物プランクトンの量や組成も調べています。さらに、沿岸域に生息する大型魚類の食性を調べ、それらによるサケ稚魚の捕食についても調べています。実施体制は、水産孵化場、水産試験場、水産技術普及指導所、網走漁業協同組合、北見管内さけます増殖事業協会、網走市水産科学センターで、各機関がそれぞれ調査項目を分担、協力して調査を実施しています。
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  沿岸でのサケ稚魚の分布や成長は、以前から様々な場所で調べられてきました。これまでの調査結果から沿岸でのサケ稚魚の生活様式をごく簡単にまとめると、3~5 センチメートルの小型の稚魚は港の中や渚滞などに分布し、5~7 センチメートルに成長すると沿岸に分布域を広げ、7 センチメートル以上に成長した大型幼魚はより大型の餌を求めて沖合へと移動してゆきます。また、サケ稚魚が生息する沿岸での適水温は8~13度で、13度を超えると小型のものも含め稚魚は沿岸から姿を消します。最近では大型稚魚の生産体制が整い、体長5 センチメートル、体重1 グラムほどに飼育された稚魚が放流されています。このように大きく育てられた稚魚が沿岸でどのような分布をするのか、前期、中期、後期各群の稚魚の沿岸での分布および成長にどのような違いがみられるのか、その時期の網走沿岸での海洋環境はどのような特徴を持つのかを明らかにすることがこの調査の最初の課題となっており、放流から3~6年後のサケの来遊数から、どのような稚魚を何時頃放流するのが効果的かを明らかにすることを最終的な目標としています。
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  これまでに平成14~16年の沿岸での調査データが蓄積されてきました。特徴的な現象だけを簡単に説明しますと、調査海域の表面水温は、平成14年と16年の5月には9~10度前後で推移したのに対し、平成15年の5月中は5~6度で推移しました。6月以降はいずれの年も10度を超え、7月半ばにはサケ稚魚にとっての適水温を超える14度以上になりました。網走沿岸では4~5月はオホーツク海表層水、5月下旬以降は宗谷暖流水の影響を強く受けており、これらの水塊の季節的な変遷によりその年の沿岸環境が特徴付けられています。一方、サケ稚魚の分布ですが、平成14年と16年には放流直後の5月から、岸から1 キロメートル以上離れた沿岸域に分布しましたが、平成15年は5月下旬までに採集されたサケ稚魚のほとんどはごく岸よりの渚滞に生息していたもので、1 キロメートル以上沖の地点ではほとんど採集されませんでした。この年には、従来からより沖合へ移動すると考えられていた7 センチメートル台の大型の魚も渚帯に生息していることが確認され、稚魚のサイズばかりでなく、水温の違いが降海後のサケ稚幼魚の分布に強く影響することが明らかとなりました。このような降海後の分布の違いがサケ稚魚の生き残りにどのように作用するか、調査に関わっている担当者間でも意見が分かれています。

  そして、今年の秋には、初年度に放流した標識魚が3年魚で回帰し、10月からは網走川での回帰調査が始まりました。今年から平成22年まで、網走川に遡上した秋サケの耳石の標識を調べ、放流群の回帰率を推定する計画となっています。これらの調査結果から、沿岸環境の変動やサケ稚幼魚の沿岸での分布の違いとサケの生き残りの関係を明らかにしてゆきたいと考えています。
(水産孵化場 さけます資源部資源解析科研究職員 宮腰靖之)
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