水産研究本部

試験研究は今 No.713「オホーツク海のホタテガイの餌環境を周年把握する」(2012年5月8日)

ホタテガイの餌環境のモニタリング

  ホタテガイは海水中の懸濁有機物(主に、植物プランクトン)を濾過捕食します。その年のホタテガイの成長や品質は餌環境の良悪に大きく左右されるため、植物プランクトンが持つクロロフィルaという光合成色素量をホタテガイの餌環境の指標としてモニタリングしています。

クロロフィルaの連続観測の試み

  クロロフィルaは採集してきた海水中の懸濁粒子(植物プランクトンを含む)を濾紙上に集め、溶媒中にクロロフィルaを抽出したのち、蛍光光度計で測定するのが一般的です。これまでの餌環境モニタリングでは、月1-2回の海洋環境調査を行い、クロロフィルaを測定してきました。しかし、流氷が到来するオホーツク海では、12月から3月まで船を上架(陸揚げ)するため、冬から春の餌料環境は観測不能でした。また、植物プランクトンが大きく増減する春から初夏の餌料環境は従来の月1-2回の調査間隔では把握できない場合もありました。他方、現場のクロロフィルaを光学的に長期間、連続観測できる機械(図1)が開発されています。この方法はある波長の光(励起光)を海水中に放ち、それによりクロロフィルaが発する光(蛍光)の強さを直接測定する方法です。しかし、光学的な直接測定法は抽出測定法に比べて値のばらつきが大きく、不安定であることが難点でした。こうした技術的な欠点はあるものの連続観測ができることは魅力的です。そこで、北海道ほたて漁業振興協会からの受託研究「ホタテガイ成長モニタリング調査(H23-25)」では、3年間、雄武、紋別、常呂の各漁協の協力を得ながら、連続記録計を用いたクロロフィルaの連続観測を試みています。現在まで、ほぼ1年間のデータが得られ、連続観測ならではの興味深い結果が得られています。ここには4月の3地点で得た観測結果を示しました(図2)。記録計は各地先の水深約40m地点の海底直上5mの深さに設置しました。図中の緑線がクロロフィルaです。青線で示した濁度は水中懸濁物の量を示します。図中の濁度のラインが途切れているのは、6ppm以上の値が観測されたことを示します。光学的な直接測定法では励起光・蛍光ともに懸濁物による反射光の影響を受けるので、植物プランクトン粒子と鉱物粒子が混在するとクロロフィルa値を過大に評価する可能性があります。そこで、今回のデータ解析では濁度1ppm以上の場合のデータを除去してグラフ化しました。クロロフィルaは1μg/Lレベルを保ちつつ、時折、増加が認められます(図中の赤丸)。同時に行った栄養塩等の観測結果から2011年4月には栄養塩が枯渇した環境であったことが示され、春の植物プランクトン増大時期(春季ブルームといいます)が早く、3月中にあったことが示唆されています。ですから、4月のクロロフィルaの増加(図中の赤丸)は春季ブルーム後の出来事を捉えていたことになります。すでに栄養塩が枯渇していた中でクロロフィルaを増加させる要因は底質からの巻き上がりと沖合からの供給が考えられます。春季ブルーム時のクロロフィルa濃度は10μg/Lを超えるので、ここで捉えられたクロロフィル増加(2~6μg/L)は小・中規模であると言えます。春季ブルームがホタテガイの餌環境に大きな影響を及ぼすことはよく知られていますが、春季ブルーム後のこうした小・中規模のクロロフィルa増加もホタテガイの餌環境に貢献することは間違いありません。これらは従来のクロロフィルa観測では評価することができなかった現象です。

  一方、係留機器のメンテナンスについての情報も得ました。係留観測では、海の生物が付着し測定の障害となる場合があるため、この連続記録計には測定部を拭き取るワイパーが装着されています。クロロフィルaの測定は1時間毎に行われますが、このとき、ワイパーが1回だけ観測面をクリーニングします。その効果を把握するため、観測毎に引き上げた直後の連続記録計の観測面を撮影しました(図3)。春から初夏は付着物による汚れはほとんどありませんでしたが、夏から秋にかけては付着生物の汚れが増加しました。写真を見る限り、ワイパーは機能しているようでした。しかし、測定部周辺の付着物が測定の障害になる可能性は高いので、毎月1回の機器の目視チェックとクリーニングは安定的なデータを得るために重要であることが分かりました。また、冬期間はメンテナンスができませんが、2011年冬の係留中の機器の汚れはほとんどなく、冬期観測では付着物の問題はなさそうであることがわかりました。

  この3年間で、係留観測・機器メンテナンスの技術的な向上とデータ解析を進め、オホーツク海のホタテガイ漁場における餌料環境把握モニタリングに有用なツールであるかどうかを判断し、できれば今後の餌料環境モニタリングに活用してゆきたいと考えています。

(網走水産試験場 調査研究部 宮園 章)
    • 図1
      図1クロロフィルa連続記録計
    • 図1
      メンテナンスのために引き上げたところ
    • 図2
      図2 クロロフィル連続記録計による海底5m層における各地のクロロフィルaの推移

      (2011年4月)

緑線(Chl.a):クロロフィルa、青線(Trb.):濁度(水の濁り、ppm)。
赤丸はクロロフィルa増加があったこと示す。
    • 図3
      図3 クロロフィル連続記録計の汚れ具合の比較(雄武定点)。

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