水産研究本部

試験研究は今 No.550「河川環境を復元してサクラマスを増やそう!-まずは最初の第1歩-」(2005年7月8日)

河川環境を復元してサクラマスを増やそう!-まずは最初の第1歩-

はじめに

    • サクラマスの生活史
      図1 サクラマスの生活史
  サクラマスの漁獲量は減少傾向をたどり、最近では1970年頃の漁獲量の約1/4程度に落ち込んでしまいました。サクラマス資源の減少にはいくつかの要因が複合的に影響していると思われますが、その要因のひとつとして、河川環境の悪化が挙げられます。「海で生活するサクラマスになぜ川の環境が影響するの?」と疑問に思われる方もいらっしゃると思いますので、ここで、サクラマスの生活史を簡単に説明します。

  サクラマスは春〜夏にかけて川に遡上し、産卵時期までの数ヶ月の間、深い淵などで過ごします。
産卵は川の上流部で行われ、卵から孵化した稚魚は海に下るまでの約1年半の期間を川の中で過ごします。この時期のサクラマスを北海道では一般にヤマベと呼んでいます。このように、サクラマスは3年間の生涯のうち、約2年間を川の中で過ごすことから、河川の環境が重要であることがわかります(図1)。

河川環境とサクラマス

「河川環境の悪化」にはいろんな事例が挙げられます。海から遡上した親が産卵までじっとしていられる深みや物陰が少なくなった、川底に土砂がたまり産卵に適した場所が少なくなった、直線化により川の流れが単調になり、稚魚や幼魚の生息に適した場所が少なくなったなど、数え上げればきりがありません。

  これらの影響のうち、私たちが最も注目しているのはダムによる影響です。北海道のサクラマスのメスは全て海に下るため、ダムができるとメスが上流の産卵場所に到達できなくなり、ダム上流部にはサクラマスの稚幼魚(ヤマベ)がいなくなります。つまり、上流域にヤマベが住める場所が沢山あるというのに、そこに住めなくなるということです。道内にはこのような川が沢山あることから、ダムがサクラマス資源に与えた影響は大きいと考えられます。

ダムの影響の調査

  ここまで、サクラマス資源の減少には河川環境の悪化、中でもダムの影響が強く関係していることについて説明してきました。このような問題は、以前から指摘されてきたことですが、その影響の深刻さについて、具体的な数字を挙げて説明することができませんでした。その理由は、ダムの上流部にどれだけのヤマベが住んでいたのか(住めるのか)を正確に推定する方法がなかったからです。

  このため、私たちは川の中にヤマベがどれだけ住めるのか、正確に推定する方法を開発し、それによりダムにより失われたサクラマス資源量がどの程度なのかを調べる必要があると考えました。次にその方法を用いて、河川環境の復元によりダムによる影響を無くしたり、小さくした時にどの程度の効果があるのかを調べることを目的として研究を行うことにしました。この研究は、平成15〜19年度の5カ年計画で進められており、平成15,16年度の調査では、川の中にヤマベがどれだけ住めるのかを正確に推定するための手法が開発されました。今回は、このことについて紹介したいと思います。
    • 写真1
      図2 エネルギーの差し引き
  川の中にいったいどれだけの魚が住むことができるのかという研究は、ずっと以前から世界中で進められてきました。その結果、魚の数は餌の量や川の流れの速さ、深さなど、いろんな要因により決まることが明らかになってきました。ここで、皆さんはヤマベが住める数はどのような要因により決まると思いますか?ヤマベ釣りをする方なら、直感的に分かると思いますが、結論から言いますと、川の中に住めるヤマベの数には餌の量と流速が大きく関係しています。

    • グラフ
      図3 エネルギー差し引きと魚の生息量
  ヤマベは川の底近くで定位し(流れに逆らって 1つの場所に留まる)、上流から流れてくる昆虫類を食べるという生活しています。つまり、餌を食べる(エネルギーを得る)ために、下流に流されないよう、常に泳いでいなければならない(エネルギーを失う)ということです(図2)。ですから、ヤマベにとっては、エネルギーが沢山得られて(餌が多い)、失うエネルギーが少ない(流れが速過ぎない)場所、つまり、エネルギーの差し引きの値が大きい場所が住み良い場所で、そのような場所では沢山の魚を養うことができると考えられることから、この値とそこに住む魚の量との間には密接な関係があるとの予想を立てました。

  では、実際にエネルギーの差し引きの値と魚の量との関係を調べた結果について説明します。調査は道内の6河川、合計20箇所で行いました。それぞれの調査地では、川の中を流れてくる昆虫類の量や流速などを調査し、エネルギーの差し引きの値を計算するとともに、実際に魚を捕まえて、そこに住んでいる魚の量を調べました。その結果、エネルギーの差し引きの値と住んでいる魚の量との間には、非常に密接な関係があることが明らかになりました(図3)。つまり、エネルギーの差し引きの値を調べれば、そこにどれだけの魚が住めるのか推定ができるということです。これで、ダムができて上流のヤマベがいなくなったことにより、サクラマスの資源量がどれくらい減ったのか計算することが可能になり、河川環境を復元してサクラマスを増やす試みを進めていく上で、必要不可欠な最初の第1歩を踏み出すことができました。

おわりに

  今後はダムにより失われた資源量を推定するとともに、河川環境を復元して、ダムの影響を無くしたり、小さくした時に、サクラマス資源がどれくらい増えるのかを調べていく予定です。

  河川環境の復元は、河川管理や森林管理に関連する役所による実施を待たねばならないことから、そう簡単には進みそうにありません。このような状況を変えるためには、漁業関係者がヤマベの住む川の環境に関心を持ち、その改善を関係機関に求めていくことが大切だと思います。既に桧山管内では漁業士会を中心とする漁業関係者が、関係機関に対し、河川環境の改善を要望するとともに、釣り団体や森林管理、河川管理に携わる役所の協力を得ながら、自らサクラマスの生息環境の改善に取り組まれています。このような活動が全道各地に広がれば、河川環境の復元が進み、サクラマス資源が増える日はそう遠くないように思います。(水産孵化場道南支場 研究職員 卜部浩一)
 

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