はじめに
通信機器を利用して沿岸の水温をリアルタイムに配信する観測機器は多数ありますが,従来の機器では価格という大きな壁があり,積極的な導入はこれまで行ってきませんでした。リアルタイムの水温観測機器があれば,水温の連続観測と漁業者へのリアルタイム配信を同時に行うことができ,試験研究機関,漁業現場の両方にメリットがあります。今回,幸運にも公立はこだて未来大学・東京農業大学と一緒に仕事をする機会に恵まれ,両大学で開発したリアルタイム水温観測機器を試験的に漁業現場へ導入する機会を得ました(写真1)。導入試験は平成19~20年の2年間で現在も継続中ですが,具体的な課題や現場のニーズが明らかになってきました。その途中経過についてご報告します。
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写真 1
礼文島船泊地区に設置したリアルタイム観測部位
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リアルタイム水温観測ブイとは

導入の目的
稚内水試では,道北日本海から宗谷海峡,利礼周辺,オホーツク海までの沿岸の水温観測網を整備することを目的として,設置予定地区を検討しました。その後,それらの地区の漁協にブイの導入を打診したところ,養殖施設等を持ち,日頃から水温変化に関心が高い地区はスムーズに承諾していただきました。一方で,具体的に漁業にどのように役立つか?という現場側からの厳しい問いかけがありました。確かに,リアルタイムで前浜の水温が把握できたとしても,それにともなう現象がわかっていなければあまり意味のなさない情報です。経験的に漁業者の方々は,水温の変化と前浜で起きる現象の関係を漠然と知っているのですが,科学的にあまり明確になっていないことをあらためて認識しました。このような関係を明らかにするためにもまずは観測することから始まりますので,水温観測の重要性を訴えたところ,快く承諾して頂きました。表1には導入を承諾してくださった地区ごとの観測目的をまとめてみました。やはり,主目的としては養殖業関連の水温モニタリングが大半を占めております。
地区名 | 主目的 |
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新湊 | コンブ養殖漁場の水温モニタリング。 特にコンブ表面に付着して商品価値を低下させるヒドロ虫の発生のタイミングの監視。 |
鬼脇 | ホタテガイ養殖漁場の水温モニタリング。 |
船泊 | コンブ養殖漁場の水温モニタリング。 |
枝幸 | 漁場全般の水温モニタリング。 |
猿払村 | ホタテガイ漁場の水温モニタリング。 |
西稚内 | 漁場全般の水温モニタリング。 |
宗谷 | ホタテガイ稚貝養殖漁場の水温モニタリング。 |
遠別 | ホタテガイ養殖漁場の水温モニタリング。 |
設置の仕方
水温観測装置は,通信機器が入っている制御部,乾電池,各層の水温センサーをケーブルにつないだシンプルな構造をしています(写真2)。これをブイに取り付けることでリアルタイム水温観測ブイが完成します。ブイには基本仕様があるのですが,海域によって,流れの強さ,波の強さ,地形などが違うので,浮きの大きさ,ボンデン竿の長さ,錘の重さ,ロープの径は,現場を熟知している漁業者の方のご意見を取り入れて適宜変更しています。また,リアルタイム水温観測ブイは,電池交換,付着生物の清掃のために海中より引き上げるため,その仕組みも重要です。図2は猿払村で設置した事例です。この他に養殖施設に直接結びつける方法も用いています。
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写真2 水温観測装置の構成(右端は NTT 東日本発行 のタウンページ)
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図2 リアルタイム水温観測ブイの仕様事例(猿払村地 区の水深 20mに設置)
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導入してみて
平成20年6月18日現在,7基のブイが稼働しています(図3)。ブイの設置後には,各地の水産指導所にこの観測ブイの宣伝をして頂いております。この普及活動のおかげで当初の直接的な目的以外に,潜在的に大きなニーズがあることが明らかとなってきました。利尻地区の水産指導所からは,ヒラメへら引き漁業者の方が自宅で水温をチェックして沖へ出るかどうかを判断しているというお話をうかがいました。枝幸地区の漁業士の方からは,NOAA衛星画像による海表面の水温分布とこのリアルタイム水温観測ブイのデータでサケが接岸するかどうかを予想しているお話しを聞くことができました。これらは,燃油が高騰する現状で燃油代を節約する操業に活用できる事例といえます。また,礼文地区の水産指導所からは,水産物の加工業者の方が複数のブイの水温変化を見て島周辺へのコウナゴの来遊を予測するお話をうかがいました。計画的な生産に活用されている事例であり,リアルタイム水温観測ブイが関連産業の振興にも役立つことが明らかとなりました。今後も,さらなる普及活動によりこのブイに対する潜在的なニーズが発掘され様々な活用事例が明らかになることでしょう。
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図3 平成 20年 6月18日現在で稼働しているリアルタイム観測ブイ(宗谷管内のみ)
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最後に
図4は,枝幸地区に設置したリアルタイム水温観測ブイによる平成19年11月20日~27日の1週間の観測結果です。このような短時間の水温の変動もリアルタイムで確実に把握できるのがこのブイの最大のメリットです。ブイ導入後,刺し網などの漁船漁業者の方々が,日頃の操業の前後にブイの水温をチェックしているというお話を水産指導所の方から聞きました。このような習慣を積み重ねることで,漁業者自身が獲れ具合と水温との関係を把握できるようになることが期待できます。そうなれば,高騰する油代を無駄にすることなく,漁家経営の安定をもたらすこととなるでしょう。もちろん,試験研究機関としても前浜の水温変化と海の中で起きる現象との関係を科学的に解明する必要性を痛感しています。そのためにも,試験導入終了後も官民が協力して継続してリアルタイム水温観測ブイを管理し,沿岸水温の観測を続けていく必要があると思います。
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図4 枝幸地区のリアルタイム水温観測ブイの観測結果の一例
(http://buoy.jp/より)
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謝辞
本試験は,公立はこだて未来大学,東京農業大学,北海道大学低温科学研究所,漁業者の能村勝洋氏(新湊),佐々木勝氏(鬼脇),伊藤章英氏(枝幸),仙葉昭成氏(西稚内),船泊漁協コンブ養殖業部会,遠別漁協ホタテガイ養殖業部会,宗谷漁協ホタテ稚貝養殖業部会,利尻漁協,枝幸漁協,猿払村漁協,稚内漁協,宗谷漁協,船泊漁協,遠別漁協,利尻漁協,利尻地区水産指導所,礼文地区水産指導所,稚内地区水産指導所,同枝幸支所のご指導,ご協力を得て行っております。この場を借りて心よりお礼申し上げます。
(稚内水産試験場 資源管理部 佐野 稔)