水産研究本部

試験研究は今 No.615「産卵期に釣らないとイトウは増える~」(2008年4月25日) 

試験研究は今 No.615「産卵期に釣らないとイトウは増える?」(2008年4月25日) 

  イトウは北海道のレッドリストでは、最も絶滅の危険性が高い「絶滅危機種」に位置づけられるサケ科の希少淡水魚です。極めて大きくなることから、北海道の淡水魚を代表する遊魚対象種でもあることから、法的な保護措置はほとんどとられていません。ここでお話しする金山人工湖上流での「産卵期禁漁」は数少ない法的規制措置の一つです。その禁漁の効果はあったのかどうかについてお話ししましょう。

金山人工湖上流域での産卵期禁漁措置

  南富良野町にある金山人工湖は、石狩川支流の空知川の上流に位置する多目的ダム湖で、昭和42年(1967年)の竣工以来天然イトウの釣れる場所として知られています。ここにイトウの資源保護を目的とした産卵期禁漁措置が北海道内水面漁場管理委員会の委員会指示として平成11年(1999年)に発動され、今日(平成20年)まで継続して禁漁措置が行われています。その内容はイトウの産卵期である春の5月1日から5月31日まで、産卵場所である北落合橋上流域一帯をイトウ釣り禁止にするものです(図1)。
    • 図1

禁漁によってイトウ資源はどうなったか?

  委員会指示が始まった平成11年から北海道立水産孵化場ではその効果を調べるためのモニタリングを始めました。禁漁になっている上流一帯でイトウが産卵していると考えられる区間50キロメートルほどを、産卵期の終わり頃に河川沿いに徒歩で探査し、イトウの産卵の跡(産卵床)を全て数えました。産卵期禁漁の結果親魚が増えたかどうかの指標として産卵床数の変化を調べた訳です。イトウの産卵床はとても大きく(長さ1.5〜2メートル以上)、新しいうちは周りの河床と比較して白っぽい色をしているので慣れればすぐに区別できます(図2)。
    • 図2
  平成11年から平成19年までの9年間、ただひたすら産卵床を数えた結果を図3に示します。禁漁が始まった平成11年は112の産卵床を数えましたが、この数は年々増加し、5年目の平成15年には193まで増加しました。その後多少減少しましたが8年目の平成18年になると再び急増して280となり、昨年(平成19年)は326となりました。禁漁開始時の平成11年と比較すると9年で約3倍に増加したことになります。

  また平成17年を境に以前と以後で増加の様子が異なっているように思われます。

  当該水系でのイトウのメスの一部は6年で産卵を始め、8年前後で多くのメスが産卵に参加します。メスの寿命は15〜16年で、2〜3年に1度の割合で何度も産卵します。イトウはサケマスの仲間ですが、多くのサケと異なり、長く生きて何度も産卵する魚なのです。こうしたメスの成熟年齢と寿命から禁漁以来の9年間での産卵床の増加傾向を考えると、始めの7年間はメスの親魚を獲らないことでの直接的効果で、平成17年以降最近2年間での更なる増加は、子ども世代の増加による新たなメス親魚の加入の結果であると解釈出来そうです。
    • 図3
  ところで、イトウが産卵に上る多くの支流を、川幅に基づいて大小の支流に分け、禁漁以来の産卵床の増加傾向を見たのが図4です。明らかに小さな支流の方が禁漁による増加が大きく、大支流のせいぜい2倍程度に対し、小支流では6〜7倍に増加しています。産卵期禁漁による効果は小さな支流の方が大きいのです。なお、禁漁開始時に既に絶滅してしまっていた数本の支流は、禁漁後もほとんど産卵床が作られることはありませんでした。以前イトウにも生まれた支流に戻って産卵する性質(母川回帰)があると報告しましたが(試験研究は今:440号)、この性質のために絶滅支流では禁漁の効果は見られません。
    • 図4

産卵期だけでも禁漁にするとなぜ増える?

  普段イトウは中下流域や湖沼に広く分散して生息するために効率よく多くの魚を釣ることは出来ません。しかし産卵期は、上流の比較的小さな流れに大きな親魚だけが集まり、途中にチョットした滝でもあればそこに多くの魚が溜まります。婚姻色と言って、雄の親魚は赤く色づきますので見つけ易い上、シロサケと違って親魚も餌をとりますので、産卵期のイトウはとても釣り易く、短い産卵期にたくさんの魚が釣られてしまうのです。もし釣られなければその後も長く生きて何度も産卵しますので、長期にわたって禁漁にすれば累積的に親魚が増えて行く訳です。もし良好な生息環境が残されていれば産卵数の増加によって子供世代も増えることが期待できます。金山人工湖での事例はまさにこれだと言えるでしょう。

  産卵期を禁漁にするといつでもイトウが増える訳ではありません。良好な河川環境がたくさん残されていることが条件で、絶滅してしまった流れには簡単には戻ってこないのでしょう。ここを誤解しなければイトウの保護に有効な方法の一つです。

(水産孵化場さけます資源部 川村洋司)

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