水産研究本部

試験研究は今 No.620「2006年秋の網走川におけるサケ親魚斃死時の状況」(2008年07月04日)

はじめに

 2006年11月9日とその前後数日間において、網走川のサケ親魚蓄養池(図1)で蓄養中のサケ親魚が斃死しました。斃死の原因を究明するため、水産孵化場では、11月9日の斃死発生時における蓄養池飼育水の水質分析、斃死魚の魚病診断を実施しました。また、海から川に入って成熟が進行してしまったサケは、海水に曝されると、体内にNa+が流入し血中Na+が高くなって死んでしまうことが分かっています。網走川蓄養池でのサケの斃死原因の一つとして、海水の影響が予測されたことから、(社)北見管内さけ・ます増殖事業協会及び水産孵化場道東内水面室により、11月10日から14日にかけて、網走川遡上サケ親魚を蓄養池に4日間蓄養して蓄養前後のサケ親魚の血中Na+を調べました。ここでは、これらの調査結果から、11月9日とその前後数日間において網走川蓄養サケ親魚が斃死した時の状況を明らかにし、斃死原因について考えました。

魚病診断

  11月9日の網走川蓄養池の斃死サケ親魚について水産孵化場魚病防疫科が細菌・ウイルス検査を実施した結果、魚病細菌やウイルスが検出されず、サケ親魚の斃死は、感染症が原因ではないことが診断されました。
    • 図1

網走川・網走湖水質

  11月9日の網走川サケ親魚蓄養池(網走川)の水質は、浮遊物質SS(濁りの指標)が18ミリグラム/Lと湖沼の水産用水基準値(日本水産資源保護協会, 2006)を大きく超え、クロロフィルa濃度(植物プランクトンの指標)が34μg/Lと高く植物プランクトンの一種の珪藻類が容易に検鏡されたことから、珪藻がSSの主成分であることが考えられました。サケ親魚の鰓に珪藻が付着していることが観察されており、高濃度の珪藻がサケ親魚の二次鰓弁を閉塞し呼吸を障害した可能性があります。

  西網走漁業協同組合により網走湖湖央(図1)で採水された網走湖水では、サケ親魚が斃死した時期とその前後に、植物プランクトンの指標であるクロロフィルa濃度が著しく増加していました(図2)。また、北海道開発局網走開発建設部による網走湖での植物プランクトンの調査においても、秋に珪藻が卓越して大量発生したことが明らかになっております。2006年10月7日から8日にかけて、網走地方で発達した低気圧が通過し多量の雨が降ると共に(図2)、強風で青潮が発生し、網走湖上層に多量の栄養物質が流入しました。その後、サケが斃死した直前の11月7日まで降雨がほとんど無く、気温が高く日射量の多い晴天の日が続きました(図2)。すなわち、サケが斃死する前の網走湖では、植物プランクトンの増殖に必要な栄養物質と光が十分に備わっており、これらを利用して珪藻が大発生したことが推測されます。

  そして、サケが斃死する前の11月8日には湖尻に向かって強めの風が吹いており(図1)、この風によって湖尻に珪藻が吹き寄せられ、多量の珪藻が湖下流へ流下したことが推測されます。多量の珪藻の光合成により湖水がアルカリ性に傾き、呼吸によって夜間から明け方にかけて湖水が低酸素状態に陥った可能性があります。干潮時にアルカリ性や低酸素の湖水が網走湖下流の網走川へ流下してサケ親魚蓄養池へ流入し、アルカリ性や低酸素の河川水がサケ親魚に影響を及ぼした可能性があります。
    • 図2

サケ親魚蓄養試験

  2006年12月6日大潮満潮時には、蓄養池底層の塩分濃度が、海水の塩分濃度の33psuに近い28psuでした。11月9日とその前後数日間においても、大潮による激しい潮の干満によって海水が網走川へ大きく遡上していたことから(図2)、網走川蓄養池付近の網走川で海水並みの塩分があったことが推測されます。11月9日及び10日から14日の蓄養試験期間中においてもサケ親魚の斃死が見られました。10日及び14日のサケ親魚の血清Na+濃度平均値は、191及び200 mEq/Lでした(図3)。また、最高値は228と264 mEq/Lであり、岩手県大槌町のサケで実施された実験において、サケ親魚雄が海水曝露5日後に斃死する血中Na+濃度の236 mEq/Lと285 mEq/Lに相当します(図3)。11月9日とその前後数日間における網走川サケ親魚蓄養池のサケ親魚のうち成熟したサケ親魚は、海水型塩類細胞を持たないか持っていても少ないため、満潮時の海水並みの塩水に曝されて体内(血中)へ侵入したNa+を干潮時の淡水環境でも体外へ排出できず、体内(血中)Na+が高くなったと推測されます。このような浸透圧調節阻害が、死亡の原因の一つであると考えられます。 

サケ親魚斃死要因

  11月9日とその前後数日間の網走川蓄養池では、干潮時には網走湖で大発生した珪藻類自体と珪藻の活動によるアルカリ性及び低酸素の湖水が流入し、満潮時には大潮による海水の遡上により塩分濃度が海水近くまで増加したことが推測されます。すなわち、サケ親魚に大きく影響を与える二つの特殊な要因が、11月9日とその前後数日間に一致しています。網走川蓄養池中のサケは、干潮時の高濃度珪藻及びアルカリ性低酸素河川水と、満潮時の高塩分河川水に交互に曝されるという特殊な環境によって、主に窒息及び浸透圧調節阻害により斃死した可能性が考えられました。
    • 図3
 【参考】
詳細は、水産孵化場から発刊されている魚と水44号36-39頁「2006年秋の網走川におけるサケ親魚斃死時の状況」を参照下さい。

(水産孵化場内水面資源部道東内水面室 渡辺智治)

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