水産研究本部

試験研究は今 No.622「ハタハタのオスは超早熟~」(2008年8月18日) 

試験研究は今 No.622「ハタハタのオスは超早熟?」(2008年8月18日) 

はじめに

  北海道の周辺海域に分布するハタハタは、脊椎骨の数や利用している産卵場を根拠に「石狩群」、「日高群」、「釧路群」などの6群に区別されています。それぞれの群ごとに産卵期やふ化後の成長の速さなどは異なりますが、性成熟に達する年齢(=初めて産卵行動に参加する年齢)については、どの群もオス、メスともに満1歳とされています。多少のズレはありますが、ハタハタの産卵期は日本海、太平洋ともに11~12月です。本来は春に卵からふ化するのですが、便宜上、すべての個体が1月1日に生まれるものと仮定すると、性成熟までの期間は1年と10~11ヶ月ほどになりますので、実際の年齢換算ではほぼ満2歳と考えてもいいでしょう。これらの情報はハタハタの生態に関する知見の一つとして、いろいろな資料や書籍の中でも紹介されています。

  ところが、資源調査などで噴火湾沿岸や日高方面に出向いた際に、地元の漁業関係者から次のような話を聞く機会がありました。
「産卵期の漁業で1歳魚や2歳魚と一緒に小さいハタハタが獲れることがある。全部オスのようで、成熟しているようだ。もしかしたら、こいつらも産卵に参加しに来ているのかな?」

  1歳魚より小さいのであれば、ここで言われている小さいハタハタはその年に生まれた満0歳魚ということになります。えりも以西太平洋ではだいたい3月中旬から4月下旬頃に卵からふ化しますので、ふ化後約8ヶ月程度で成熟することになるのですが、そんな事例が本当にあるのでしょうか?

  いくつかの文献や調査報告書等を調べてみたところ、確かに0歳魚のオスの成熟に関する記載が散見されましたが、具体的な測定データや観察結果が触れられていないので、どうもはっきりとしません。ですが、もし「0歳で成熟する」ことが本当なのであれば、「1歳で成熟する」としている各種資料や書籍の記載は誤りとなりますので、該当箇所を正しい内容に改める必要も出てきます。

  そこで、事の真相を確かめるべく、ハタハタの成熟開始年齢について再度検討してみることにしました。

天然魚の成熟状況は?

  胆振・日高地方の沿岸では10~11月にししゃもこぎ網漁業が行われており、また、毎年5~6月には本操業と同じ漁具を使ったシシャモの漁期前分布調査を行っています。北海道の太平洋側に分布するハタハタは産卵期以外にはシシャモのいる場所にも生息していますので、これらの漁業や調査で混獲されることがあります。まずはこれら混獲ハタハタの成熟状況を確認してみました。

  写真1は平成19年11月中旬にししゃもこぎ網漁業で混獲されたハタハタです。お腹を開いて生殖腺の状態を確認してみると、オスは1歳魚と0歳魚で大きさの違いこそあれど、肉眼で見た精巣の成熟状況はほぼ同じに見えました。一方、0歳メスの生殖腺は非常に小さく、肉眼で場所を確認するのも困難な状況でした。もちろん、卵の粒々は見えません。雌雄ともに、観察した個体のほとんどが写真1と同様の成熟状態でした。
    • 写真1
    • 写真2
  写真2は平成20年5月末のシシャモ漁期前分布調査で獲れた1歳魚(ふ化から約1年2ヶ月後)です。前年の11月に体長7~8センチメートルであった魚体は、10センチメートルぐらいまで成長していました。オスの精巣は何だか赤茶けた色をしていて、大きさも前年秋の状態と比べるとずいぶん小さくなっていますが、実はこのような色や形態は(他の魚種も含め)一般的には精子を出したことのある精巣の状態によく似ています。観察したオス個体の精巣のほぼすべてがこのような状態でした。メスの卵巣は大きさは小さいものの、卵の粒々が肉眼でも確認できるようになっていました。形態的にはまさに「ブリコ」のミニチュアの状態で、これから産卵期までに徐々に大きくなっていくのでしょう。

  このような生殖腺の状態の変化から推察する限りでは、メスは昨年の冬に産卵したとは到底考えられませんが、オスはほとんどの個体が一度放精済みであると言えそうです。今後は、0歳オスが本当に成熟、放精していたかどうかを確認するために、組織学的な面からもアプローチしていきたいと考えています。

ちゃんとした生殖能力はあるの?

  天然魚の成熟状況調査からは、ハタハタのオスが0歳で成熟する可能性が示唆されました。しかし、生殖腺の観察からだけでは、0歳オスが1歳以上のオスと同様の正常な生殖能力を持っているかどうかは判断できません。そこで、0歳オスと1歳以上のメスを使って人工授精を行い、0歳オスの生殖能力を検証してみることにしました。

  実験には平成19年12月に漁獲された天然魚(室蘭産及び登別産の0~3歳)を用い、2、3歳オス×2歳メス及び0歳オス×1歳メスの組み合わせで人工授精を行いました。

  それぞれの組み合わせの受精率、ふ化開始日等をまとめたものが下の表です。
    • 表
  実験に用いたメスの卵の状態に良し悪しがあったためか、それぞれの群内と両群間の受精率に差はみられるものの、少なくとも0歳オスの精子も卵を受精させる能力を持っていることはわかりました。そのまま飼育を続けてみると、それぞれの受精卵から仔魚がふ化してきました。ふ化までにかかった日数やふ化した仔魚の大きさは両群でほぼ同じでした。

  今回の実験の結果から判断する限りでは、0歳オスは1歳以上のオスと同様の正常な生殖能力を持っていると言えそうです。

おわりに

  天然魚の成熟状況調査と飼育試験の結果から、ハタハタのオスが0歳から成熟することが確認されました。ハタハタの寿命はオスで最大4年、メスで6年程度と言われていますが、これだけの寿命があるのに1年もたたずに成熟してしまうのは、北海道周辺に生息する他の魚種と比較しても珍しい例なのではないかと思われます。ですが、現場の漁業関係者はそんな珍しい事例にも敏感に気付いていたのですから、我々試験研究機関の職員もその辺りを見習わなければならないと、今回の取り組みを通じて再認識させられました。

  今回検証できたのはえりも以西の太平洋に分布しているハタハタのみですが、日本海や道東のハタハタがどうなのかはまだよくわかっていません。また、なぜこんなに早く成熟してしまうのか(その必要があるのか)? そのメカニズムは? といった根本的な部分の疑問が依然として残されています。今後はその辺りにも焦点をあわせて試験研究を進めていきたいと考えています。
(栽培水産試験場 調査研究部 筒井大輔)

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