水産研究本部

試験研究は今 No.629「ネマトーダによる沿岸域海洋生態系の環境指標の検討」(2008年11月14)

はじめに

  カイチュウ・ギョウチュウ・アニサキス・シストセンチュウという名前を聞いたことがあるでしょうか。これらはみんな寄生性のネマトーダ(線虫)の仲間です。ネマトーダには動植物に寄生するものと土や泥の中で自由生活をするものがいます。世界中では 2万種を超えるネマトーダが知られていますが、まだ調べられていない種を含めると50万種に及ぶとの報告もあります。海洋環境研究になぜネマトーダなのでしょうか? 海底泥中には自由生活をするネマトーダが生息しています。底泥生態系の中で分解者(有機物を無機化する過程を担う)としての役割を果たしているネマトーダはサイズが小さく(長さ数ミクロン~数センチ)、1週間から 1ヶ月で世代交代します。また、さまざまな環境に適応した多くの種類がいるため、その分布動態や組成の変化によって底質環境の変化を敏感に捉えることが期待されます。陸域の影響を受ける沿岸域の海洋生態系は時空間的な変化に富んでいます。近年、これらの評価指標としてネマトーダの種組成や食性区分をもとにした評価法が有効であることがわかってきました(菊池、下出2007)。噴火湾ではホタテガイ養殖漁業が沿岸環境に及ぼす影響を診断するために底質環境の実態把握と有機物負荷・分解過程を解明する試みが行われています(重点領域事業 2007-2009)。ネマトーダによる底質環境指標の検討はその中の一つのトライアルです。そもそも、噴火湾の海底泥中にどのくらいネマトーダがいるのかさえもわからなかった 2007年度は個体数の変化を捉えることを目的に調査を実施しました。ここでは 2007年度の結果を紹介します。
    • 図1噴火湾に出現するネマトーダ類 図2 2007年噴火湾底質調査地点 形や大きさはさまざまです。

材料と方法

  図2に示した5定点において、函館水試の試験調査船金星丸を用いた 3月から 11月まで計9回の調査を行いました。採泥には不攪乱採泥器という柱状採泥器を用いました(図3)。ホルマリンで表面泥を固定し、実験室に持ち帰りました。実験室ではローズベンガルという染色液で処理した泥(これでネマトーダが赤く染まります)をフルイで処理し、20 -500ミクロンのサイズに残ったネマトーダの数を顕微鏡下で計数しました。
    • 図3
      図3 不攪乱採泥器と採泥風景
ア:海中からの採泥器引き上げ(直上水とともに表面泥が流れることなく採集できる)。イ:直上水の排水。ウ:底泥の採取(2センチメートル刻みで 3層分採取する)。エ: 0 -2センチメートル(左上)、 2 -4センチメートル(右上)、 4 -6センチメートル(下)に区分された底泥サンプル。(撮影:金星丸 須貝)

結果および考察

  各地点の表面泥中のネマトーダ個体数の経時変化を図4に示しました。湾の最深部(Stn.31)と最奥部(Stn.38)はネマトーダが多く、8月に個体数が最大となりました。胆振側(Stn.29)は湾最深部・最奥部と同様に 8月に個体数ピークを持ちましたが、個体数が少ないことがわかりました。渡島側(Stn.23、Stn.18)では、ネマトーダの個体数ピークが 10月にみられ、湾口に近い Stn.18のネマトーダ個体数はわずかでした。湾奥から最深部、胆振側および渡島側のネマトーダの出現傾向の違いはそれぞれの場所による底質環境の違いを反映していると考えられます。ネマトーダの個体数は底質中の有機物量が多い場所で多くなります。上記の結果は湾の胆振側と渡島側で海底への有機物負荷の増大時期が異なっていたことを伺わせます。

  ネマトーダの出現数の季節変化が示す底質環境の地点による違いは、湾全体の有機物負荷と浄化メカニズムを知る上で貴重な情報です。ネマトーダの種類組成等に着目することで、噴火湾におけるホタテガイ養殖漁業と底質環境との関係を知るための新しい情報が得られることに期待しているところです。(中央水試海洋環境部 宮園 章)
    • 図4
      図4 地点別ネマトーダ個体数の経時変化 (0-2cm層 )

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