水産研究本部

試験研究は今 No.552「能取湖のホタテガイに今何が起きているのか~」(2005年9月12日)

試験研究は今 No.552「能取湖のホタテガイに今何が起きているのか?」(2005年9月12日)

能取湖のホタテガイに今何が起きているのか?

はじめに

図1 能取湖の位置
  網走市の北部に位置する能取湖は周囲約35キロメートル、面積約58平方キロメートルのオホーツク海とつながった湖です(図1)。 秋季に湖畔を真っ赤に染めるアッケシソウ(通称、サンゴソウ)の群落は観光名所として有名です。 湖内ではホタテガイやホッカイエビなどの漁業が営まれ、とくに、ホタテガイ漁業は種苗生産から放流までを一貫して行う重要な産業となっています。 オホーツク海で行われている地蒔き式のホタテガイ漁業は殻高約4センチメートルの大きさの稚貝(1年貝)を放流して、約12センチメートルに成長した3年後に漁獲します。 年によって変動はありますが、能取湖における年間のホタテガイ生産量(稚貝の出荷は含まず)は1,000トン前後で推移しています。

  ところで、最近の能取湖ではホタテガイの生息可能な水深帯が浅くなってきていることが確認されています。 これは、ホタテガイ漁場の将来的な縮小につながる大きな問題です。 どうして、能取湖の深い場所ではホタテガイがうまく育たないのか明らかにするため、調査を開始することにしました。

調査チームが発足

写真1

試験カゴに収容したホタテガイの成長や生存を調べる。写真は着底カゴ

  西網走漁業協同組合、網走市水産科学センター、東京農業大学、網走地区水産技術普及指導所東部支所、網走水産試験場が相互に協力して調査を始めています。 放流したホタテガイの生残はどうなっているか、肉食性巻き貝などの外敵生物に食べられてはいないか、湖内の流れの状態がどうなっているか、 生息密度はどうなっているか、生息場所の底質や水質の環境はどうなっているかなどについて調査しています。 ここでは、水産試験場が取り組んでいる調査について紹介します。

ホタテガイの生息環境を調べる

写真 2

湖底の泥を採集して全硫化物量などを調べる

  ホタテガイは海底の砂の上に横たわり、植物プランクトンなどの餌を食べながら生活します。 海水を噴射してある程度移動することはあっても、広範囲に移動することはありません。 したがって、放流されたホタテガイは漁獲されるまでの3年間、ほぼ同じ場所で生息することになります。 ですから、生息環境の良否がホタテガイの成長や生残に影響を与えていると考えられます。 そこで、2004年5月にホタテガイ(1年貝)を収容した試験カゴを深い場所や浅い場所へ設置しました(写真1)。 また、同時に底質の状態を調べるためスミスマッキンタイヤー型採泥器を用いて湖底の泥を採集し(写真2)、全硫化物量や粒度などを調べました。 試験カゴは底面が湖底に接するタイプ(着底カゴ)と湖底から約10センチメートル底上げしたタイプ(離底カゴ)の2種類用意し、 生息場所の違いがホタテガイの生残に影響するかどうか検討しました。6月から11月まで調査した結果、 着底カゴでは水深が深いほど生残が悪いことが分かりました。 10月の生残率は水深7メートルで約71パーセントであったのに対し、15メートルでは20パーセント、18メートルでは7パーセントと低下しました。 一方、離底カゴでは巻き貝による捕食が少数あったものの、ほぼ総てのホタテガイが生残しました。 このことから、湖底に接触するかどうかがホタテガイの生残に影響しており、 湖底直上の生息環境の違いとホタテガイの生残が深く関わっている可能性が示唆されました。
  採集した泥を分析した結果、水深が深くなるほど全硫化物量は増加し、粒径が細かいシルト(ほぼ粘土に近い)が多くなる傾向がありました。 しかしながら、これらの底質に由来する要因がホタテガイの生残に直接影響しているかどうかについては不明であり、 他の環境要因についても検討する必要がありそうです。 この点について、ホタテガイが生息する湖底直上の水質を調べるため、自作の採水器を使った生息環境の調査も始めたところです(写真3)。 一般に、生物に対して極めて強い毒性を示す物質としてアンモニアが知られています。 そこで、アンモニアに対するホタテガイの耐性を室内試験で明らかにしようとしました。 写真4に示すような試験水槽を用意して、全アンモニア濃度の異なるいくつかの試験区にホタテガイを収容しました。 さらに、水素イオン濃度(ペーハー)についても変化させました。 その結果、ホタテガイのアンモニアに対する耐性は極めて強く、全アンモニア濃度及びpHが高い試験区でなければ死なないことが分かりました (図2)。 これらの試験区の全アンモニア濃度やペーハーは能取湖で観測される通常の値と大きく異なることから、 その他の要因(たとえば水温や塩分濃度など)の検討も加えながら試験を継続する必要があります。
    • 写真 3 自作した採水器で湖底直上の海水を吸い上げる
    • 写真 4 アンモニアに対する耐性を調べる
    • 図 2 全アンモニア濃度100ミリグラム/リットルとしてペーハーを調整した試験区に収容したホタテガイの生残率

さいごに

  放流したホタテガイの生残には物理的、化学的、生物的な要因が関係していると考えられ、さらに、 いくつかの要因の重なりにも問題があるのかも知れません。  試験カゴの結果が示すように、湖底の生息環境の違いがホタテガイの生死を左右しているようです。 今後は、湖底直上の生息環境について調査し、北海道のホタテガイ漁場の環境保全に役立てたいと思います。
(網走水産試験場 大森始)

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