水産研究本部

試験研究は今 No.597「泥は語るか~海底に眠る海の履歴書への挑戦」(2007年8月16日)

試験研究は今 No.597「泥は語るか?海底に眠る海の履歴書への挑戦」(2007年8月16日)

泥は語るか?海底に眠る海の履歴書への挑戦

  近年、海洋環境は地球温暖化の影響や気候変動が組み合わさった十~数十年規模の中長期変化(レジームシフト)の影響を受け、また、水産資源もこの影響を受けて資源変動していることがわかってきました。そのために本道周辺海域の水産資源を維持・管理するうえで、海洋環境変動の影響を考慮した資源管理の必要性が認識されるようになってきました。

  水産資源に影響を及ぼす海洋環境の変動を理解するためには、数十年~数百年規模での変動の把握が必要です。これまで水産試験場は、北海道周辺海域の沿岸から沖合にかけての水温や塩分、餌環境(栄養塩やプランクトン)など海洋環境因子について定期的かつ長期的に調査し、海洋の構造やその変動について調査を続けてきました。なかでも沿岸水温については、1世紀を超えるデータを蓄積しており、そのデータから日本海の北海道-サハリン系群ニシンの資源量変動に水温の長期変動が強い影響を与えていることを明らかにしてきました。

  では、大昔の水温はどうだったのでしょうか?縄文時代の水温データは当然ありません。またプランクトンや栄養塩など水温以外の長期変動はどうなのでしょうか?これらの分析技術が確立されたのはごく最近のため、100年前のデータは記録として残っていません。しかしプランクトンや栄養塩といった餌環境は、水温と同様に水産資源に影響を与える重要な環境要因です。特に成長の初期段階(稚仔魚)は餌環境に大きく影響され、この段階での生き残りの割合が将来の資源量を決定するほど重要です。タイムマシンがあれば、当時に戻って海水試料を採取し、分析や観察をすることもできますが、そんな機械は当然ありません。記録計も統計資料もない頃の海の様子はどのように調べればよいでしょうか。

  海底には、海洋表層から沈降してきたプランクトンや魚など様々な海洋生物の死骸や生物由来の物質が積もります。そして、新しく沈降してきたものはその上へ上へと降り積もり、堆積物の層を時間順に形成していきます。陸上で見られる地層が海底でも形成されているのです。海底なので見た目も泥で、触り心地もドロドロですが、図1のように堆積物を柱状に採取し、含有する環境指標物質を層別に測定してその時間変動を追うことができれば、過去から現在までの海洋環境の変動を復元できるかもしれません。また海底堆積物は陸上の堆積物と比べそれほど乱されることがないため、保存状態が良好です。まさに海底堆積物は海の履歴書なのです。
    • 図1
  地質学や古生物学の分野では、堆積物中に含まれる化石や環境指標物質から環境変動を復元した研究が盛んに行われています。対象年代は、地球誕生以降の数十億年から最近の数十年規模のものまで、様々な年代スケールでの復元がなされています。

  水産試験場では、これまで蓄積してきた海洋環境データに加え、漁業活動が活発化した100年規模の環境変動を海底堆積物から推定し、環境を考慮した資源管理に適用できるような新しい環境変動解析技術の調査研究について計画中です。地球温暖化や環境汚染により海洋環境はどのように変動し、水産資源にどのような影響を及ぼしてきたか、ニシン漁が繁栄していた頃と今の海洋環境に違いはあるのかなど、堆積物から得られる長期の海洋環境変動は資源変動要因の解明にとって貴重なデータになるだけでなく、北海道周辺海域の多くの種類の水産資源に対しより精度の高い漁海況予測や環境条件に合わせた資源管理方策を提案できるようになることが期待されます。

  地球温暖化の進行や環境汚染が深刻になっている今、海洋環境の長期変動が水産資源に及ぼす影響を明らかにすることは、海洋環境を考慮した資源管理を図る上で極めて重要な課題です。かつてニシン漁が繁栄を極めた頃、海はどういう様子だったのでしょうか?今後の北海道の海や水産資源を考えるうえで大切なことを、海の泥はきっと答えてくれるはずです。

参考

  海底堆積物を採取する採泥器は、目的に応じて様々な種類が開発・改良されています。

  図2は表層の堆積物を採取するグラブ式採泥器と呼ばれるタイプです。採取容器の大きさで採取量が決まるので、定量的に試料を処理できます。スミス・マッキンタイヤ採泥器は、軟泥から硬い底土まで採泥可能で、大型ベントスの採集や深海の採泥にも適しています。重心が低く安定しているため、多少の荒天時でも使用可能です。重量は20~100キログラム以上と様々です。

  エクマンパージ採泥器は、浅海や湖沼の採泥および小型ベントスの採集に広く用いられます。重さ5~15キログラムとスミス・マッキンタイヤ採泥器に比べ小型で軽量のため、取り扱いやすいです。

  図3は堆積物を柱状に採取する柱状採泥器と呼ばれるタイプです。管状の採泥器を堆積物中にさし込み、海底面下数十センチメートル以上の長さで乱れのない試料を採取することを目的としており、長期変動を知るために利用するものはこのタイプです。重錘型柱状採泥器は、自重で海底に貫入し、その勢いで堆積物を柱状に採取します。下部に逆止弁を備え、採取物のこぼれ落ちを防ぎます。重さは50~200キログラム以上、長さは2~4メートル以上もなります。HR型不攪乱柱状採泥器は海洋や湖沼、河川と幅広く使用されます。自重で貫入後、下部は完全に蓋が閉まった状態になるため、試料の脱落がありません。また採泥管が長さ(50センチメートル)の割に太い(外径12センチメートル)ため、試料も圧縮なく乱れなしに採取されます。また軽量(25キログラム)のため取り扱いやすいのが特徴です。柱状採泥器は自重を利用するもののほか、静水圧を利用するもの、噴水力によるもの、振動を利用するものなどがあります。
(中央水産試験場海洋環境部 栗林貴範)
    • 図2、3

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