水産研究本部

試験研究は今 No.698「マナマコ幼生への給餌開始時期について」(2011年10月07日)

はじめに

 2003年以降の単価の急騰を背景に、マナマコの種苗生産・放流による資源添加の試みが注目を集めています。マナマコは産卵期に成熟した雌雄がそれぞれ水中に卵と精子を放出し、水中で受精後翌日から浮遊生活を行い2週間ほど水中を漂った後、水底生活に移り、皆さんご存じのマナマコの姿に変わります(写真1)。この浮遊期間中の幼生は、ウニ類の餌としても有効な5ミクロンほどの小さな浮遊珪藻キートセラス グラシリスを食べて成長します。以前は、この餌もそれぞれの種苗生産機関で自家培養していましたが、ここ数年は概ね1億細胞/ミリリットル程度に濃縮され販売されている濃縮キートセラスを利用している機関が多くなっています。
    • マナマコの成長
マナマコの幼生飼育では、幼生1個体あたり毎日1万細胞のキートセラスが必要になります。1日1換水の割合で飼育水を換えながら幼生を飼育する場合は、飼育水中の餌もロスしますので、餌の量も1.5倍(1.5万細胞)ほど多めに必要になります。マナマコの場合、古くなった餌を与えると胃の萎縮を起こし(写真2)、成長が止まる(場合によっては斃死してしまう)ので、自家培養した物でない餌料は、できるだけ1週間程度の短期間に使い切ってしまうのが無難です。また、市販の餌料は必要とする5日前までに注文する必要があり(培養時間の関係があるため)、予定通りの採卵ができなかった場合は、発注したものが無駄になってしまいます。
幼生が絶食に耐えられる期間を明らかにできれば、十分な幼生数を確保できるまで餌の発注を遅らせたり、早く生まれた幼生と遅く生まれた幼生を一緒に育て、餌と給餌育成作業が削減できるはずです。
    • 正常な幼生(a)と胃(矢印)が萎縮した幼生(b)

無給餌期間の検討

受精後5日目、7日目、12日目の幼生に給餌を開始して育成したときの結果を表1に示しました。マナマコの幼生は、ふ化の翌日には胃を形成し摂餌をはじめますが、受精後12日経過してから給餌を開始しても、特に問題はありませんでした。
より長い期間の絶食の影響を調べるために8リットル容器で同様に試験した結果を表2に示しました。受精してから18日目に給餌を開始しても比較的生き残ることが分かりました。また、幼生の飼育密度が異なるので、直接の比較はできませんが、28日目に給餌を開始した試験区でも、生き残る個体が認められます(2日目と9日目に給餌を開始した幼生の飼育期間が延びてしまったのは、収容する水槽の準備が遅れてしまい、予定より長く育成したためです)。これらを波板に採苗してから10日に1回の割合で飼育水を全て交換し、市販の海藻粉末(リビック)を10グラム与えて飼育した結果を表3に示しました。2日目、9日目と18日目の幼生に給餌を開始したグループは100リットルの水槽で15枚の波板(30センチメートル×30センチメートル)に採苗しましたが、28日目に幼生への給餌をはじめたグループは、個体数が少ないため1リットルの腰高シャーレでの育成結果です。18日目に給餌を開始したグループの稚ナマコもきちんと成長していました。また容器の形状が違うので、これらと直接比較できませんが、28日目に給餌しはじめたグループも稚ナマコに育っています(注:表1~表3の試験で生残率が100パーセントを超える事例は収容数と回収数の計数時の推定誤差によると考えられます)。
    • 表

まとめ

餌料を購入する場合、必要な幼生を確保してから注文すれば、コスト削減につながります。1回の採卵(産卵誘発)で必要量の幼生が確保できなかった場合は、たとえ数は少なくてもまず確保できた幼生を無給餌で生かしておいて、後日確保した幼生と一緒に育成した方が、幼生を育てる水槽数や作業の集約化とともに、餌料の効率的な活用につながります。加えて、多くの親から集めた子供を育てることは「多様性の維持」にも役立ちます。 一方、大量に種苗を作る設備を持たない機関の場合、幼生飼育で必要になる餌の量は少なくて済みます。例えば10万個体を育成しようと思えば、必要な濃縮キートセラスの量は先述の1/10の15ミリリットルで済むことになります。以前は、ガラスのフラスコを用いて行っていたキートセラスの培養ですが、最近になりペットボトルでも培養できるようになっています(写真3)。蛍光灯の光と栄養塩と通気と種(株)が揃えば、特に専門的な知識が無くても餌料を培養することができます(詳細は誌面の都合上また別の機会に紹介します)。近年のマナマコの種苗生産への関心の高まりに答えるため、これからも様々な開発・改良を目指します。
    • キートセラスのフラスコ培養(左)とペットボトルを用いた培養
(栽培水産試験場 栽培技術部 酒井勇一)

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