水産研究本部

試験研究は今 No.682「タラバガニ種苗生産試験について」(2011年02月09日)

はじめに

  2008年度から始まった「タラバガニ種苗生産技術確立事業」は、現在3年目になります。タラバガニは2-5月頃に脱皮・交尾・産卵しますが、雌は孵化まで、産卵した卵を腹節(ふんどし)の中に隠れている腹肢に抱えています(いわゆる「外子」)。飼育下で幼生が孵化するのは約1年後の1-3月で、その後、幼生が稚ガニになるには4月を過ぎる場合もあります。今回は、これまでの2年間に得られた結果の一端を紹介いたします。

幼生の孵出

    • 図1
      図1 日別幼生孵出下図
 孵出間近の雌ガニを個別に収容し、1日に孵出する幼生の数と継続期間を調べました(図1)。夜間に孵化する場合が多く、毎朝水槽から幼生を取り上げて数えました。甲殻類では孵化が一気に起こるものと想像していましたが、案に相違して、雌1個体あたりの孵出期間は20日-1か月超と長期にわたり継続しました。日別幼生孵出数はきれいな「山」型となり、最も多い日には総孵出数の1割前後の孵出が見られました。また、飼育期間中に死亡した雌から卵を取り出してハッチングジャーに収容し、卵のみでの培養を試みたところ、培養中に一部卵の流出はありましたが、無事、孵化に成功しました。

幼生飼育

  タラバガニの幼生は脱皮を繰り返して発育します。図2にタラバガニ幼生の発育過程と簡単な特徴を示しました。タラバガニはプレゾエアの形態で孵化します。プレゾエアは顎脚に剛毛を備えておらず、腹部を屈伸することでジグザクに泳ぐことしかできません。文献によると数分で脱皮するので、餌も食べないと思われます。餌がなくとも脱皮し、幼生を回収する際には殆どがゾエア1期になっています。ゾエア1期は第1、2顎脚の外肢に4本の剛毛(遊泳刺毛)を持っており、活発に遊泳し、摂餌も行います。その後、脱皮を繰り返し、水温6-7℃で概ね40日後に後期幼生であるメガロパになります(カニ(短尾類)の幼生を「メガロパ」、ヤドカリ(異尾類)の幼生を「グロウコトエ」と区別する場合もありますが、ここではメガロパに統一します)。メガロパ期になると大分、「カニ」に近くなり、ぱっと見はエビとカニの中間の様な形です。写真の様に腹節を折りたたみ、歩脚で物にしがみついていることも多いのですが、退化した顎脚外肢に代わり、腹節を伸張させ、発達した腹肢を使って遊泳することもできます。メガロパは水温6-7度で30-40日間後に脱皮して稚ガニになります。また、プレゾエアからメガロパの初期までは、光に集まる習性があります(これを「正の走光性がある」と言います)。幼生を飼育している部屋は、普段真っ暗にしているのですが、作業をする際に蛍光灯を点けたり、懐中電灯で水槽を照らすと、光源に向かって集まってきます。この走光性を利用して、幼生の回収や水槽掃除を行っています。
    • 図2
      タラバガニ幼生の発育課程
    • 図2説明
    • 図3
      図3 病気に罹患したタラバガニ幼生
 稚ガニまでの生残率は、2008年度が0.2-23.6パーセント、2009年度が0.2-56.1パーセントとなりました。2008年度の試験で、(1)無強化アルテミアのみを給餌した試験区で生残が悪く、無強化アルテミアと珪藻(Chaetoceros gracilis)あるいは栄養強化アルテミアを給餌した試験区で生残が良かったこと、(2)メガロパ期は摂餌をしないと言われており、顕微鏡で観察した限り消化管内に内容物は確認されなかったこと、(3)斃死はゾエア期で少なくメガロパ変態期前後以降に増えることから、ゾエア期の栄養状態(蓄積)が稚ガニまでの生残に影響を及ぼすものと考えられました。そこで、2009年度には様々な餌条件を設定して試験を行ったのですが、多くの試験区で疾病が発生したため(図3)、試験区間の餌料条件等の検討・評価ができませんでした。

おわりに

 手探り状態で始まった本事業ですが、新たに疾病発生という大きな問題が生じてしまいました。原因菌は、細菌性とも真菌性とも診断がついていない状況なのですが、今年度は疾病対策として紫外線殺菌装置を用いる飼育区を設け、再度、餌条件について検討する試験を現在実施中です。

(栽培水産試験場 栽培技術部 田村亮一)

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