水産研究本部

試験研究は今 No.228「ホルモン投与によるマツカワ種苗の雌化の試み」(1995年6月15日)

ホルモン投与によるマツカワ種苗の雌化の試み

はじめに

  マツカワは本道の太平洋岸に主に分布する冷水性のカレイで、低水温でも成長が良く、魚価が高いことから、ヒラメに次ぐ栽培漁業の対象種として、注目されています。道立栽培漁業総合センターでは平成2年度から種苗生産の技術開発を進めており、人工受精法によってある程度の稚魚を得る目途がっいてきました。しかし、マツカワは年間で数百kg程度の漁獲しかありませんので、種苗生産を行うための天然の親魚、特に雌魚を集めるのに苦労しているのが現状です。さらに、今までの種苗生産技術では生産された人工魚の80?90パーセントが雄で、人工の雌の親魚も数が不足しています。そこで、マツカワの雌親魚を確保する1つの手段として、ホルモン投与によって、人工種苗を雌化する試験を行いました。

ホルモン投与試験

  試験に用いたのは脊椎動物の卵巣で作られる雌性ホルモンで、エメトラジオール17βと呼ばれるものです。ホルモンの投与には餌に混ぜて与える方法と、ホルモンを溶かした水槽に稚魚を収容する方法がありますが、今回はこのホルモンを配合飼料に混ぜて、全長30ミリメートルと全長56ミリメートルの稚魚に30日間投与を続けました。ホルモンの濃度は配合飼料1グラムあたり0.1、1および10μgの3段階に設定しました。結果は表に示したように、全長30ミリメートルで投与したときには1および10μgのホルモン濃度で100パーセントの雌が得られました。また、全長56ミリメートルで投与したときには10μgの濃度で95.2パーセントの雌を得ることができました。このようにホルモンの濃度と投与を開始する全長を調整することで、雌の割合をほぼ100パーセントにできることがわかりました。

  ここで、全長30ミリメートルのときに1μgの濃度で100パーセントの雌が得られたのに対し、全長56ミリメートルでは同じ1μgで雌の割合が低かったのはなぜでしょうか。マツカワの生殖腺のでき方を組織学的に観察すると、全長30メートルでは雄と雌の区別がつかない未分化な状態です。ところが、全長56ミリメートルでは性分化が進んできて、雄と雌の区別ができるようになっています(図)。すなわち、全長30ミリメートルでの生殖腺は雄と雌の性が決まっていない状態ですが、全長56ミリメートルではある程度、性が決まっている状態なのです。したがって、性がまだ決まっていない全長30ミリメートルでは1μgで雌の割合を100パーセントにすることができますが、全長56ミリメートルのように生殖腺の分化が進んでいるときに投与する場合には、ホルモン濃度を10μgにしないと100パーセント近い雌を得ることができなかったと考えられます。

今後の課題

  一般に魚類の性分化は不安定で、今回のように生殖腺が形態的に雄と雌に分化していても一定量のホルモンの投与によって性比を変化させることができます。また、飼育水温などの外部環境の影響で性比がかたよることもあります。性比がかたよった種苗を放流種苗として用いることは避けなければならないと思います。しかし、マツカワのように雄よりも雌のほうが成長が早い種類では全雌化することによって、養殖用種苗としての利用が大いに期待できます。

  種苗を雌化する技術開発はマツカワに限らず、サケ類やヒラメでも行われていますが、ホルモン投与による方法は食品安全性の問題点も残されています。今後は水温などの飼育環境が性分化に与える影響を明らかにし、それらの条件を変えることによって、人為的に性比をコントロールする技術を開発する必要があると考えています。(栽培センター魚類部 森 立成)

表 ホルモンの投与結果
表 ホルモンの投与結果
投与開始全長 ホルモン濃度(配合1g当たり) 調査個体数(尾) 雌個体数(尾) 雄個体数(尾) 雌の割合(%)
全長30mm

10μg

64

64

0

100

1μg

79

79

0

100

0.1μg

69

27

42

39.1

全長50mm

10μg

42

40

2

95.2

1μg

43

2

41

4.7

0.1μg

48

4

44

8.3

対照区

投与なし

47

5

42

10.6

(栽培センター魚類部 森 立成)

    • 図 マツカワ生殖腺の性分化