水産研究本部

試験研究は今 No.356「病原性大腸菌O-157とイクラ製造における衛生管理について」(1998年8月28日)

病原性大腸菌Oー157とイクラ製造における衛生管理について

  本稿の前稿で、「少ない資源」からスタートしなければならない次世代の漁業者、研究者は、漁業経営や研究技術に資源の豊富な頃とは異なる斬新なアイデアを導入しなければならないことを書きました。今回はその後編として、今後新しい資源の管理、運用プランが図られていく中で、これだけは絶対知っておいて頂きたいという、ひとつの「考え方」を紹介することにします。

  今年の6月に発生した醤油漬けイクラの病原性大腸菌O-157O-157(以下O-157という)の食中毒事件は、私ども、水産加工にたずさわる者にとって、大変なショックを受けた出来事でした。多くの方が感染されたことはもちろんですが、今まで水産食品では発生したことがなかったからです。

病原性大腸菌O-157ってなに?

  大腸菌は、牛や羊などの家畜や私たちのお腹の中(腸内)にもいます。ほとんどの大腸菌は害がありませんが、なかには、病原性大腸菌と呼ばれ、人の腸管に感染して下痢を起こすものがあります。特に、O-157は感染後体内で増殖して、ベロ毒素という強い毒素を生産し、血便を伴う激しい下痢を起こします。また、O-157は、室温では15~20分間で2倍に増え、わずか数百個程度の非常に少ない蔵量で感染するといわれています。

  しかし、O-157はほかの食中毒菌と同様に熱に弱く、75度、1分以上の加熱で死滅します。また、アルコールなどの消毒剤でも容易に死滅するので、通常の食中毒対策、衛生管理により予防が可能です。

  このことは、実際のイクラ製造においても言えることです。ただし、イクラは加熱しない食品なので、加熱以外の方法を考えなくてはいけません。

  そこで、まずはイクラ製造工程中の菌数の変化について見てみましょう。

イクラ製造工程中の菌数の変化は?

  図1は、漁獲後、加工場に搬入された秋サケ(シロザケ)の魚肉、内臓などの菌数を調べたものです。原点の段階では、魚肉中や卵巣は細菌に汚染されていませんが、原点の表面、胃腸内や鰓には細菌が付着していました。
    • 図1
  図2は、ある加工場におけるイクラ加工処理中の菌数の変化を見たものです。腹出し後で菌数が増加しています。この原因は、腹出しの機械(カッターマシン)の刃や魚体表面などの付着菌からの汚染が考えられます。
    • 図2
  図3は、別の加工場における塩イクラ処理工程中の調査結果です。この工場では腹出し後はそれほど汚染されていませんが、もみ後に菌数が増加しました。この原因は、作業員が生筋子(卵巣)をもんで生イクラ(卵粒)にする工程(卵粒分離)で、汚染された軍手を使用したためで、軍手から一般生菌数で10の6乗/10平方センチメートル台の細菌が検出されました。また、別の塩イクラの製造例では、飽和食塩水に漬込み後で菌数が多くなり、その原因を調べてみると、使用していた食塩から多くの細菌が検出されました。
    • 図3
  このように、各工場で菌数の増加する工程が異なりますが、これらを通して、イクラ製造における、一般的な衛生管理の注意点、問題点をまとめてみました。

イクラ製造における衛生管理の注意点、問題点とは?

  1. 原料は漁獲後直ちに海水氷で冷却し、6~12時間以内に処理します。さらに、原点段階での洗浄殺菌を行うと、魚体表面の菌数は低下し、イクラヘの付着菌も少なくなります。
  2. 生筋子から生イクラにするもみ工程は、手作業で行うため細菌汚染を促進します。作業員は衛生的な手袋を着用し、また、使用器具、特に網(分離網)の洗浄・殺菌を充分に行います。
  3. イクラは非加熱食品であり、細菌数を0(ゼロ)にすることは不可能です。そこで、付着した細菌を殖やさないことが重要になります。理想的には、すべての工程を10℃以下で、数時間以内に終了するように行えば、細菌はほとんど増殖しません。工場内の使用水を冷却水にしたり、液切りをする部屋に空調を入れたり、液切りの時間を短くするなどは、細菌の増殖を抑えます。特に、醤油漬けイクラは調味液に浸けるため水分が多く、細菌にとって栄養分が豊富で、液切り工程などにおける細菌の増殖が速いと考えられます。
  4. 水産加工では、多量の水を使用します。そのため、水の殺菌を充分に行うことが大切です。また、殺菌力のある次亜塩素酸ナトリウムを添加した水や、オゾン水、電解水などは工場内の洗浄殺菌に有効と考えられます。
  5. 手洗いはまめに行います。実際にはゴム手、軍手を使用しますので、これらは中性洗剤などでよく汚れを落した後、塩素系の消毒剤や熱湯で消毒をし、乾燥後、使用して下さい。包丁、まな板、魚箱、ザル、たわし、スポンジなども同様に行って下さい。カッターマシンなど簡単に分解できない機械は、洗浄殺菌が難しく、こまめに洗浄殺菌をするしか方法がありません。衛生管理しやすい機械の開発が望まれるところです。
  6. 飽和食塩水や調味液は、細菌がいないように考えがちですが、必ずしもそうでない場合がありますので、安全のために加熱処理を行って下さい。
  実際に、この食中毒対策、衛生管理を行うことは、経費、人、時間を必要とし、大変なことです。しかし、このことが食品加工にたずさわる方にとって、今一番求められていることです。

(釧路水試 加工部 阪本正博)