水産研究本部

試験研究は今 No.389「深層水の流速を測る」(1999年6月25日)

深層水の流速を測る

流速計回収される。

  6月8日早朝、茂津多岬沖北緯42度30分、東経139度01分(図)水深約3500メートルの地点に、昨年6月よりほぼ一年間係留されていた流速計が、中央水産試験場試験調査船おやしお丸によって回収されました。流速計を含む係留系の全長は約3200メートル、流速計は深度約400メートル、700メートル、2200メートルにそれぞれ取り付けられており、対馬暖流やその下を流れる深層流の流速を測定しました。本道西岸において、長期係留観測が成功したのはこれが初めてのことです。この流速計のデータから、これまでわからなかった北海道西岸日本海の海流が、意外と大きな流速で流れていることがわかってきました。
    • 図

なぜ海流を測るのか。

  海流は水産資源にとってどんな役割を持っているのでしょうか。魚貝類の餌となるプランクトンは、海流によって運ばれた栄養塩を利用して増殖します。海流が持つ熱(暖流でも寒流でも)によって、そこに生息する生物の温度環境が変わってきます。また、海流は魚の移動・回遊やその魚卵、仔稚魚の輸送に影響します。さらに潮目や水温躍層といった海流が作り出す海洋構造やその構造自体の移動や変化が、水産生物の移動を制限したり特定の場所に集めたりする働きをして、漁場形成に影響を与えます。このように海流は直接・間接的に水産資源とつながっているため、海流や海洋環境を知ることは、漁業生産上基本的で重要なことなのです。

  とりわけ北海道西岸を北上する対馬暖流は、その影響範囲が流れの下流方向に当たる道北日本海からオホーツク海、果ては道東沿岸にいたる非常に広範囲に及ぶことから、どんな水温や塩分を持つ水が、どのくらいの速度で流れているかを調べることが重要になってきます。

  これまで水産試験場では、1988年10月から北海道周辺海域で2ヶ月に1度、偶数月上旬に海洋観測を継続して実施しており、この調査から対馬暖流の水温や塩分の季節変化や経年変化、積丹半島沖の暖水渦の移動、対馬暖流の流軸(強く流れるところ)の位置の変化が明らかになってきました。しかし、流れている速度や量については限られた情報しか得られていませんでした。

初めて流速計を係留する。

  日本海中央部やロシア沿海州近海では水産研究所や大学などが流速計の係留観測を行ってきていますが、北海道西岸日本海だけはこれまで流速計の観測結果のない空白地帯でした。海洋環境部では1996年から流速計の係留の準備に取りかかりました。設置に必要な流速計や切離し装置はほぼそろっていましたが、大水深での長期間の係留はこれまで経験がなく、ブイの個数や使用するロープの種類、投入方法などのノウハウがありませんでした。そこで大学や水産研究所へ研修に行き、係留に関する技術や情報を集めました。そして設置回収作業まで含めた検討をおやしお丸と行い、3000メートルを超える係留系の設計をし、1998年6月9日に流速計を設置しました。最上部のブイは海面下350メートルにあり、設置後はその姿を見ることができません。海底のアンカー上部に取り付けられている切離し装置へ信号を送り、切離しに成功すれば係留系の浮力で海面まで浮上してくるしくみです。1年後、無事回収することができ、初めて北海道西岸日本海の深層流速が観測されました。

深層水は南から流れてくる。

  現在流速計のデータを取りまとめている最中で速報値の段階ですが、一部を紹介します。対馬暖流の下、日本海固有水に相当する深度約2200メートル地点の1年間の平均流速は7.6センチメートル/sの北上流となっていました。仮に流速を7センチメートル/sとすると、1ヶ月で約180キロメートル、1年で2200キロメートル流れることになります。津軽海峡から宗谷海峡まで南北の距離が約450キロメートルですから、日本海の深層水は2ヶ月ほどで道南から道北に達すると考えられます。この深層の流れに乗っかって対馬暖流はさらに流れますから、概算で対馬暖流は20センチメートル/s程度の表面流速を持っていると考えられます。北海道西岸を卵稚仔や物質は相当な速さで流されているようです。今回観測できた流れが、水平的にどのような分布をしているかという大きな課題が残っていますが、まず、今回得られている上層の400メートルと700メートルの流速計のデータと組み合わせ、対馬暖流を含む道西日本海の流れの評価を行っていきたいと考えています。

  最後になりましたが、この調査に際し、後志、桧山管内の関係組合のご協力を頂きました。紙面を借りてお礼申し上げます。

(中央水試海洋環境部 中多章文)