水産研究本部

試験研究は今 No.405「低水温下におけるアサリの低塩分・貧酸素耐性について」(1999年11月19日)

低水温下におけるアサリの低塩分・貧酸素耐性について

  道東地区では,アサリの資源増大を目指して増殖場の造成が各地で行われてきました。最近では,オホーツク海に面した結氷海域でも造成された例もあり,今後の新たな増殖場の造成に対する期待や要望も聞かれます。

  アサリは日本全国に生息し,その環境適応も幅広いと考えられています。しかし,オホーツク海のような冬季に結氷する海域では,冬季間に氷に覆われ,春のの融氷期には氷直下に低塩分水層が形成されることや,結氷期間中に貧酸素水が出現することが指摘されています。また,一部の海域では,冬季間に実際に斃死が確認されています。

  アサリの塩分・貧酸素耐性については,これまでも本州で実験された例が報告されていますが,結氷海域の水温帯での試験事例は見当たりません。

  そこで,低水温下でアサリの生残に及ぼす低塩分・貧酸素の影響について室内実験を行い,低塩分・貧酸素耐性を検討しました。この結果は,今後のアサリ増殖場の造成に際しての一つの判断基準となると思います。

  試験用のアサリを試験水温1度と塩分31psuに調整した蓄養水槽に十分通気しつつ翌日まで馴致し,生残個体を試験に用いました。用いたアサリの殻長は28~45ミリメートルであり,平均殻長は約35ミリメートルでした。

  実験水槽には,1.7リットルのタッパ容器を使用し,冬季結氷下の現場水温が約-1度ですので,低塩分の飼育水が凍結しない限度である1度に飼育水温を設定しました。

  塩分濃度は,生海水と残留塩素を爆気により取り除いた水道水を混合し,塩分濃度を5,10,15,20,31psuに調整しました。

  酸素飽和度(以下DOと表す)は,窒素ガスに対する酸素ガスの混合割合が2パーセント, 4パーセント, 8パーセントに調整された混合ガスを流量 2~ 3ミリリットル/分で水槽に吹き込むことによって,それぞれ10,20,40パーセントに調整しました。DO100パーセントは,エアポンプによる空気の吹き込みによって行い,無酸素区は,飼育水に99.9パーセント窒素ガスを充分に吹き込み,容器を密閉することで作成しました。

  以上,塩分とDOの組み合わせ25パターンを作成し,それぞれの水槽にアサリ20個体を収容し,試験を開始しました。試験期間は50日間とし,無給餌条件下で飼育し,試験期間中に死亡したアサリの個体数の変化を調べました。生死の判定は,開殻したままで外套膜が萎縮している個体,水管や足を出し刺激しても反応しない個体を死貝として,毎日,1~ 2回,生死を確認しました。

  本試験では,アサリが斃死しない安全な環境条件を求めることが目的でしたので,10パーセント致死日数(LD10)を検討に用いることにし,その結果を図示しました。10パーセント致死日数とは,実験開始から供試貝の10パーセントが死亡するまでに要した日数です。
    • 図
  アサリは,塩分31psuでDO100パーセント,塩分20psuでDO100パーセントの条件下では,50日間で斃死は見られませんでした。

  予備試験で水温条件を16度に設定し,無酸素条件で耐性試験を行った結果,低塩分5psuだと 3~ 5日程度で斃死し,通常塩分31psuでも 6~11日で全数が斃死しました。

  これに対し,水温が 1度の場合には,過酷な条件である塩分15psu,DO10パーセント以下の場合でも,試験開始後15日前後経過してから斃死し始めました。低水温下のアサリは,代謝量が相当抑えられ,斃死までに至る日数が長期化し,低塩分・貧酸素に対し耐性がかなり強いことが分かりました。

  低塩分ではDOによるLD10の差が少なく一様であるのに対し,高塩分になるほどDOによるLD10の変動が大きくなっています。このことは,低塩分は酸素濃度に関わらず斃死要因となりますが,高塩分では貧酸素が制限要因となることを示しています。

  アサリにとって塩分15psu以下の場合には塩分が生息の制限要因となるのに対し,塩分20psu以上の場合には40パーセント以下のDOが生息の制限要因でした。

  本試験の結果から,冬季間に現場で,塩分が15psu以下の環境が15~20日間持続した場合や,塩分が20psu以上でもDOが20パーセント以下の環境が25日間前後持続した場合には斃死要因となり得ることが分かりました。アサリが斃死したアサリ礁では,1999年3月下旬から 4月上旬にかけて,塩分15psu以下の状態が 2週間以上継続していたことが確認されています。

  したがって,今後,冬季結氷海域においてアサリ増殖を図る場合には,斃死に至らせるような低塩分・貧酸素環境が現場でどれくらい長期間継続しているかを観測する必要があるでしょう。
(網走水試資源増殖部 蔵田 護)