水産研究本部

試験研究は今 No.410「海の中の大きな波の話」(2000年1月14日)

海の中の大きな波の話

  皆さんは海の中に内部波と呼ばれる大きな波があって、海に生息する多くの生物がこの波とともに生活していることをご存じですか。内部波は海水密度(水温や塩分など)の異なる海水の境界に沿って伝わる波の一種で、著名な海洋学者であるナンゼンが北極海で、氷の溶けた淡水の表層とその下の海水の境界に生じる波動を観測して以来、注目を集め、最近では湾内の海水交換や魚道の形成など漁場の環境を規定する主要因の一つとして研究が進められています。

  図1は、内部波と生物の関係を模式的に示したものです。本道の日本海やオホーツク海では、対馬暖流と冷たい深層水との境界付近や、流氷などに伴う低塩分海水の影響で、しばしば内部波が形成され、石狩湾などの内湾では沿岸域の浅い海域まで内部波が打ち上げています。温度に敏感な沿岸性の魚類は冷たい深層水を伴う内部波の進入を避けるように岸よりに移動する結果、内部波の進路と魚道がよく一致することが鳥取県の実施したマダイの魚道調査などで明らかになっています。
    • 図1
  逆に、普段沖合の深場に生息する冷水性の魚類は、内部波を利用すれば比較的容易に沿岸域まで接岸できます。また、内部波は我々が目にする海面の波浪と同様に、浅瀬に進入すると波が砕けて深層水に含まれる豊富な栄養素が沿岸海水に溶け出し、豊かな海を作る原動力となっています。更に、内部波の進行に伴って生じる強い流れを構造物にぶつけることにより、人為的に湧昇流を発生できれば、豊かな海を作ることも夢ではありません。

  このように様々な海の生物と関わりの深い内部波の特性を明らかにすることを目的として、水産工学室では、石狩湾周辺海域をケーススタデイーに内部波調査を実施しましたのでその一端を紹介します。

  調査では石狩湾湾口部の水深205メートルの海域(図3参照)の海底付近に流速計を設置するとともに、海底より10メートル上方から、2メートルピッチで60メートル上方まで水温計を連続的に設置することにより1998年9月7日~22日まで深層水と表層水の境界付近の水深帯の水温変動を観測し、小樽沖に設置されている水温ブイの温度記録と併せて解析しました。

  図2は、石狩湾湾口部および小樽沖水温ブイの、観測期間内の水温の時間変化を、小樽における気圧と海面水位の観測結果とともに示したものです。これより、両観測点ともに、水温が時間経過とともに周期的に大きく変動し、変動幅は、例えば石狩湾湾口部における水温5度の等温線で平均30~40メートル程度の波高となっています。この振動は海面の水位変動とほぼ対応しながら逆の位相で変動していることから内部波と考えられます。また、9月の18日、大規模な湧昇が発生し等温線は80メートル以上浅い水深帯まで急激に上昇しています。海底より上昇した冷たい海水は約1日程度遅れて小樽沖まで到達し、石狩湾沿岸一帯の表面水温を約半日間に亘って1.5度以上低下させました。この湧昇は、9月17日の台風通過に伴う気圧の急激な上下動により、海面水位が約20センチメートル上昇後、急激に低下したのに併せて発生しています。このように、内部波の波高や、湧昇現象の発生の有無は、気圧と海面水位、海洋の密度構造をもとにある程度推定することが可能です。
    • 図2
  図3は積丹半島周辺における9月の内部波の推定波高、波向きの分布と波の伝わる速さを示したものです。これより、内部波は基本的には沿岸域に沿って本道日本海側を北上し、その一部が湾内に進入して波高の極端に高い海域(岩内湾で最大100メートル、石狩湾で80メートル程度)を形成しています。このような海域では、台風の通過などに伴う急激な気圧の低下や、大潮の干潮時に気圧が低めで推移した場合などに大規模な湧昇が発生することが考えられます。石狩湾では年間7~8回程度このような湧昇が発生し、湾の生物生産に大きく寄与していることが次第に明らかとなってきました。将来、湾内を進行する内部波の経路の詳細が明らかになれば、回遊する魚の経路や時間の推定、効率的な漁具の配置方向や回収時間の決定、種苗の放流場所の決定や資源の適正管理、更には深層水を人為的に湧昇させるための施設の設置位置や人工魚礁漁場の造成計画など、広い範囲への応用が期待されます。

(中央水産試験場水産工学室 瀬戸雅文)
    • 図3