水産研究本部

試験研究は今 No.417「川の虫がホッチャレを食う。森・川・海のつながりの中でサケが果たす役割」(2000年3月10日)

川の虫がホッチャレを食う  森・川・海のつながりの中でサケが果たす役割

  北海道水産業の代表魚といえばアキアジ、サケです。一方、自然界でもこのサケは、重要な生態的位置にある魚であることが注目されています。

  サケの仲間たちが森・川・海のつながりのなかで、栄養循環のための重要な役割を担っていることが、ここ数年、北アメリカの川でさかんに研究されているのです。では、北海道ではどうなんだろう?という疑問から、水産孵化場で調査を開始しました。

  山では森の木々が葉を落とし、栄養価の高い成分として土壌に積もります。落葉の一部は直接川に落ち、また、いったん森に落ちたものも雨や風で川に運ばれます。これらの落葉は、川の中で直接、虫に食べられ、また石の表面に生える藻類を繁茂させ、海まで流れ、海産物の生産力をも高めます。このように、栄養は、通常、森から川を通じて海へと流れます。

  ところが、サケは、逆に、海の栄養を川に運んでいるのです。サケは、海で栄養を貯えて大きくなり、川に遡上します。川に戻ってきたサケの産卵後の死体、これをホッチャレと呼びますが、このホッチャレが他の生物の重要な栄養源なのです。ホッチャレは、直接的には水生昆虫等の川の虫や、クマ・キツネ・鳥など山の動物の餌となり、間接的にも川の中の藻類や、クマ・キツネらが陸へ運んだりその糞を通じて森の草木の栄養となっています。

  そこで、ホッチャレと関係する生物のうち、川底に生息する虫が、ホッチャレをどのように利用するか調べました。川の虫は、底生動物と呼ばれ、川の生物を代表するグループで、大きさは数ミリメートルから4~5センチメートルくらい、河川環境の変化に敏感な種もいますので水域の指標生物として古くから知られており、サクラマス(ヤマベ)やイワナ(アメマス)などの魚類の主要な餌料ともなっています。多くはカゲロウやトビケラの幼虫などの水生昆虫ですが、プラナリアや水生ミミズ、貝類、甲殻類も含まれます。底生動物は、清浄な水の渓流で、季節によっては、1平方メートルに50種類以上が生息する、極めて多様性に富んだグループです。

  1997年から3年間、秋から冬にかけて、尾白内川(森町)、遊楽部川支流セイヨウベツ川(八雲町)、千歳川支流内別川(千歳市)、九谷田沢(恵庭市)、仁雁別川(様似町)、元崎無異川、植別川(標津町)で、川にあるホッチャレや実験的に沈めたホッチャレに集まる底生動物を調べました。その結果、トビモンエグリトビケラ属の仲間とヨコエビ類が特にホッチャレを好むことがわかりました。ホッチャレ1尾あたりに最大で、トビモンエグリトビケラが49個体('98、内別川)、ヨコエビが3624個体('99、植別川)がそれぞれ集まっていました。また、数は少ないものの、マダラカゲロウの仲間も集まりました('97~'99、セイヨウベツ川)。

  トビモンエグリトビケラ属は、もともとは落葉食者とされていて、湧水性の川に多く生息しています。このエグリトビケラ科の仲間は、北アメリカでも以前は落ち葉食いとされていましたが、今ではホッチャレも食うと報告されています。サケは、湧水のあるところでで産卵しますので、もとから、トビモンエグリトビケラの仲間は、ホッチャレを利用していたのではないかと思われます。

  ヨコエビ類は、どちらかといえば雑食で、河川、特に湧水にすむものと、海と川の両方を行き来するものがいます。この2つのグループがいずれもホッチャレを利用することがわかりました。湧水にすむヨコエビは、飼育実験を行った結果、ホッチャレがあると成長が良いこともわかりました。湧水に生息するトビケラ・ヨコエビと、湧水で産卵するサケ、両者の関係は、北海道の清流のいたるところで、はるか昔から続いていたのでしょう。

  「腐ってもホッチャレ」、サケが自然界でいろいろな生物に関係し、大切な役割を持っているのだということを改めて感じずにはいられません。

(水産孵化場 森支場 中島美由紀 病理環境部 伊藤富子)