試験研究は今 No.431「津軽海峡の漁期初めのスルメイカはどこから来たのか?」(2000年8月25日)
津軽海峡の漁期初めのスルメイカはどこから来たのか? -日本海を北上してきたのか、太平洋を北上してきたのか-
はじめに
津軽海峡でのイカ釣り初漁期にあたる6月中旬~7月上旬のスルメイカは一般的には日本海北上群と考えられていますが、魚体の大きさを比較すれば海峡西口の松前小島沖のイカよりも海峡内のイカはかなり小型のものが多く、どちらかといえば太平洋側のイカの大きさに近くなっています。
ところで、スルメイカ肝臓中(通称イカゴロ)に含まれる重金属含有量の差により、スルメイカの回遊経路識別が試みられ、その有用性が示唆されています(市橋ら1998;梅津・角埜1994)。
今回は、北上回遊初期にあたる6月から7月上旬にかけて、津軽海峡から下北半島周辺海域に来遊するスルメイカが日本海北上群なのか太平洋北上群なのかという回遊経路を明らかにすることを目的として、スルメイカ肝臓中に含まれる重金属(銅Cu,鉄Fe)を用いて、回遊経路識別の可能性およびその問題点について検討しました。
ところで、スルメイカ肝臓中(通称イカゴロ)に含まれる重金属含有量の差により、スルメイカの回遊経路識別が試みられ、その有用性が示唆されています(市橋ら1998;梅津・角埜1994)。
今回は、北上回遊初期にあたる6月から7月上旬にかけて、津軽海峡から下北半島周辺海域に来遊するスルメイカが日本海北上群なのか太平洋北上群なのかという回遊経路を明らかにすることを目的として、スルメイカ肝臓中に含まれる重金属(銅Cu,鉄Fe)を用いて、回遊経路識別の可能性およびその問題点について検討しました。
材料と方法
重金属含有量測定に供したスルメイカは1998年6~7月上旬に北部日本海、津軽海峡および太平洋海域の計7調査点において釧路水試調査船北辰丸(214トン)および函館水試調査船金星丸(69トン)により釣獲された個体です(図1,表1)。肝臓中の銅および鉄の含有量は、各調査点毎に平均的な外套背長の5~6個体について、釧路水試利用部において日立Z-6000型偏光ゼーマン原子吸光分光光度計を用い分析しました。
今回の解析の前提条件として表1および図1の「(1)日本海沖、(2)男鹿半島沖、(3)松前小島沖」のスルメイカを日本海北上群、また「(6)日高沖、(7)釧路南方沖」のスルメイカを太平洋北上群とし、市橋ら(1998)および梅津・角埜(1994)の方法を参考に検討しました。
なお、今回用いた単位ppmは百万分率であり、たとえば1トン(=1,000,000g)あたり1g含まれていれば1ppmであり、肝臓中の銅100ppmとは肝臓1g当たり百万分の100g(=0.0001g)含まれていることです。また、灰分(かいぶん、または、はいぶん、ash)とは肝臓を完全に燃やして残る灰のことです。
表1.重金属の分析に供したスルメイカ
今回の解析の前提条件として表1および図1の「(1)日本海沖、(2)男鹿半島沖、(3)松前小島沖」のスルメイカを日本海北上群、また「(6)日高沖、(7)釧路南方沖」のスルメイカを太平洋北上群とし、市橋ら(1998)および梅津・角埜(1994)の方法を参考に検討しました。
なお、今回用いた単位ppmは百万分率であり、たとえば1トン(=1,000,000g)あたり1g含まれていれば1ppmであり、肝臓中の銅100ppmとは肝臓1g当たり百万分の100g(=0.0001g)含まれていることです。また、灰分(かいぶん、または、はいぶん、ash)とは肝臓を完全に燃やして残る灰のことです。
表1.重金属の分析に供したスルメイカ
採集海域 | 採集日 | 検体数 |
外套背長 mm
範囲 (平均) |
体重 g
範囲 (平均) |
||
(1) | 日本海沖 | 1998 6/7 | 5 | 207-211 (209) | 180-209(189) | 日本海北上群 |
(2) | 男鹿半島沖 | 〃 6/8 | 6 | 207-211 (209) | 169-219(197) | 〃 |
(3) | 松前小島沖 | 〃 6/26 | 5 | 201-206 (204) | 148-178 (167) | 〃 |
(4) | 函館沖 | 〃 6/19 | 6 | 137-147 (144) | 43- 55 (50) | 津軽海峡 |
(5) | 下北沖 | 〃 7/2 | 6 | 152-156 (154) | 56- 67 (63) | 〃 |
(6) | 日高沖 | 〃 7/1 | 6 | 162-168 (164) | 75-100 (87) | 太平洋北上群 |
(7) | 釧路南方沖 | 〃 6/16 | 6 | 133-141 (138) | 40- 53 (48) | 〃 |
結果と考察
我々の用いたデータとの比較のため、市橋ら(1998)のデータも以下のイニシャルでそれぞれの図にプロットしました。
< J:日本海, P:太平洋北上群, R:羅臼来遊群 >
重金属を測定したスルメイカ試料の外套背長と体重の関係(図2)では、日本海側が大型、太平洋側が小型でした。
銅と鉄濃度(ppm)の関係(図3)から、銅=50ppmかつ鉄=140ppmのラインを境に太平洋北上群((6),(7))と日本海北上群((1),(2),(3))の分離は明瞭でしたが、函館((4))および下北来遊群((5))はどちらにも含まれていませんでした。
一方、銅と鉄(%ash;肝臓中灰分あたりの割合)の関係(図4)では、銅=0.4%ashかつ鉄=0.8%ashのラインを境に太平洋北上群((6),(7))と日本海北上群((1),(2),(3))の分離は明瞭であり、函館((4))および下北来遊群((5))についてはどちらかといえば日本海北上群に含まれる可能性が出てきました。
上記の結果では海域によりスルメイカの大きさに差があるため、重金属の含有量の差が海域の違いによるものなのか、スルメイカの大きさ(成長)によるものであるのか明瞭ではありません。そこで、次に体重との関係を示します。
体重と鉄(ppm)との関係(図5)については、太平洋北上群((6),(7))および日本海北上群((1),(2),(3))ともに体重の増加に伴い鉄は減少傾向を示し、両群についてみると体重と鉄含有量との間には負の相関が認められました。 J, P, Rの傾向も同様でした。
体重と銅(ppm)との関係(図6)については、太平洋北上群((6),(7))は体重の重い個体でも銅は50ppm以下でほとんど変化せず体重との関係は認められませんでした。また、日本海北上群((1),(2),(3))についても体重との関係は認められませんでした。 J, P ,Rの傾向も同様でした。
このことから、これらの回遊群を分離するに当たって、鉄含有量についてはスルメイカの大きさにより差があるため有効とはいえませんが、銅の含有量については両群を分離する指標として有効であると考えられます。即ち、銅含有量50ppm以下が太平洋北上群、また銅含有量100ppm以上が日本海北上群のそれぞれの固有値であると考えられます。
以上の観点に立てば、1998年のスルメイカ北上回遊初期の津軽海峡から下北半島海域にかけての来遊群((4),(5))は日本海北上群であると考えられます。
今後の課題として、成長との関係(周年調査、日齢解析)を明らかにすること、年により回遊経路に違いがあるのか、また、餌生物の質(種類)により重金属含有量に差があるのか、さらには、銅と鉄は生物にとっては必須成分であるため代謝による影響がどの程度あるのかなどについても検討が必要です。
< J:日本海, P:太平洋北上群, R:羅臼来遊群 >
重金属を測定したスルメイカ試料の外套背長と体重の関係(図2)では、日本海側が大型、太平洋側が小型でした。
銅と鉄濃度(ppm)の関係(図3)から、銅=50ppmかつ鉄=140ppmのラインを境に太平洋北上群((6),(7))と日本海北上群((1),(2),(3))の分離は明瞭でしたが、函館((4))および下北来遊群((5))はどちらにも含まれていませんでした。
一方、銅と鉄(%ash;肝臓中灰分あたりの割合)の関係(図4)では、銅=0.4%ashかつ鉄=0.8%ashのラインを境に太平洋北上群((6),(7))と日本海北上群((1),(2),(3))の分離は明瞭であり、函館((4))および下北来遊群((5))についてはどちらかといえば日本海北上群に含まれる可能性が出てきました。
上記の結果では海域によりスルメイカの大きさに差があるため、重金属の含有量の差が海域の違いによるものなのか、スルメイカの大きさ(成長)によるものであるのか明瞭ではありません。そこで、次に体重との関係を示します。
体重と鉄(ppm)との関係(図5)については、太平洋北上群((6),(7))および日本海北上群((1),(2),(3))ともに体重の増加に伴い鉄は減少傾向を示し、両群についてみると体重と鉄含有量との間には負の相関が認められました。 J, P, Rの傾向も同様でした。
体重と銅(ppm)との関係(図6)については、太平洋北上群((6),(7))は体重の重い個体でも銅は50ppm以下でほとんど変化せず体重との関係は認められませんでした。また、日本海北上群((1),(2),(3))についても体重との関係は認められませんでした。 J, P ,Rの傾向も同様でした。
このことから、これらの回遊群を分離するに当たって、鉄含有量についてはスルメイカの大きさにより差があるため有効とはいえませんが、銅の含有量については両群を分離する指標として有効であると考えられます。即ち、銅含有量50ppm以下が太平洋北上群、また銅含有量100ppm以上が日本海北上群のそれぞれの固有値であると考えられます。
以上の観点に立てば、1998年のスルメイカ北上回遊初期の津軽海峡から下北半島海域にかけての来遊群((4),(5))は日本海北上群であると考えられます。
今後の課題として、成長との関係(周年調査、日齢解析)を明らかにすること、年により回遊経路に違いがあるのか、また、餌生物の質(種類)により重金属含有量に差があるのか、さらには、銅と鉄は生物にとっては必須成分であるため代謝による影響がどの程度あるのかなどについても検討が必要です。
参考文献
梅津武司・角埜 彰(1994):イカ肝臓中CuとFeの海域による差(要旨).イカ類資源・漁況検討会議研究報告(平成4年度),遠水研,182-183
市橋秀樹・中村好和・Kurunthachalam Kannan・津村昭人・山崎慎一(1998):組織中元素濃度を用いたスルメイカ系群識別の試み.イカ類資源研究会議報告(平成8年度),遠水研,19-25
*なお、今回の報告は釧路水試利用部の錦織孝史氏(現:中央水試)および同水試資源管理部の佐藤充氏との共同研究の一部です。また、この研究は「漁業系廃棄物処理特別対策事業」の一環で行われたものです。
市橋秀樹・中村好和・Kurunthachalam Kannan・津村昭人・山崎慎一(1998):組織中元素濃度を用いたスルメイカ系群識別の試み.イカ類資源研究会議報告(平成8年度),遠水研,19-25
*なお、今回の報告は釧路水試利用部の錦織孝史氏(現:中央水試)および同水試資源管理部の佐藤充氏との共同研究の一部です。また、この研究は「漁業系廃棄物処理特別対策事業」の一環で行われたものです。
鹿又 一良(函館水産試験場資源管理部)