水産研究本部

試験研究は今 No.661「底生水産動物の着底期に及ぼす流れの影響について -マナマコ浮遊幼生の着底を例として-」(2010年03月31日)

はじめに

  ウニ類やエゾアワビ、マナマコなど北海道沿岸で重要な水産資源となっている底生動物には、親と異なり海水中を漂う浮遊幼生の時期があります。浮遊幼生の着底・変態を引き起こす化学物質の存在が知られていますが、流れの影響についてはあまり明らかになっていません。ここでは、マナマコ浮遊幼生の着底を例として、流れの速さと着底の関係について報告します。

  マナマコ稚仔は、内湾など静穏な海域では潮間帯のタイドプールや掘削溝で多数生息していることが知られていますが、外海に面した海域では水深3~12メートル付近の深い場所に多い傾向があります。このように小さいマナマコが見つかる場所の水深は様々ですが、流速の遅い静穏な場所という特徴が共通しています。また、西日本では干潟に立てた枝付きの竹が流れを攪乱してマナマコの浮遊幼生を滞留しやすくする機能を持った採苗礁の開発が行われています。そこで、本研究ではマナマコ浮遊幼生の着底に及ぼす流速の影響を室内試験で検討しました。

方法

図1
  2008年の5月から8月にかけて、栽培水産試験場生産技術部で生産された着底期のマナマコ浮遊幼生を中央水産試験場に輸送して試験を行いました。70リットルの海水と1000個体の浮遊幼生入れた100リットルパンライト水槽を回転台試験装置(図1)に載せて、約10日間、水槽を1方向に回転させました。水槽の中央部には上から固定した付着板があり、その上に小さなスライドグラスが付けてあります。付着板上では、中心から離れるにつれて流れが速くなります(図2)。試験終了時に付着板上のスライドグラスに付いていたマナマコ稚仔の数を調べ、着底数としました。
図2
 マナマコの浮遊幼生は、何も付けていないものよりも付着珪藻を繁茂させた波板などに多く着底することが、人工種苗生産に関する研究で明らかになっています。そこで、幼生の着底に及ぼす付着珪藻の影響を考慮して、付着板の片側に付着珪藻(Navicula属やNitzschia属等)を生育させたスライドグラスを、反対側に何も付いていない新しいスライドグラスを配置した試験も行いました。
 また、着底した稚仔がスライドグラスの間を移動する影響を除くために、スライドグラスの間を空けて配置し、さらに浮遊幼生投入から付着数調査の期間を2~3日と短くした試験も行いました。

結果

図3
  試験に用いた生産群毎で多少の差はあるものの、5~8月までの5回の試験結果から、流れが1.4センチメートル/秒では最大で24個体、平均で14.5個体が一枚のスライドグラスに着底していました。流速2.3~5.3センチメートル/秒では試験毎には徐々に減少し、平均で3.8個体が着底していました。流れが6.2センチメートル/秒以上になるとスライドグラス上に稚仔は確認できませんでした(図3)。
図4
 また、付着珪藻が付いていない新品のスライドグラスには、流速1.4センチメートル/秒では3個体の稚仔が着底しましたが、流速2.3センチメートル/秒以上になると全く付いていませんでした(図4)。付着珪藻を生育させたスライドグラスでは、流速1.4センチメートル/秒では13個体が着底しており、何も付けていなかったものに比べ、4.3倍も多く付いていました。また、流速の増加にともない徐々に付着数は少なくなり、6.2センチメートル/秒以上では全く付着していませんでした(図4)。
図5
 付着後の移動の影響を考慮し、隣のスライドグラスとの間を1枚分空け、さらに試験期間を2~3日間と短くした場合でも、他の試験と同様に6.2センチメートル/秒以上では着底稚仔は認められませんでした(図5)。

おわりに

図6
  流れが速くなると、マナマコ浮遊幼生の着底が困難になる可能性が示されました。稚ナマコの生息場所として野外で観察されている様々な水深の玉石帯では、石の裏側や隙間に流れの緩やかな場所が存在していると思われます。また、潮間帯のタイドプールや掘削溝の中でも、同様に流速の穏やかな場所が形成され、浮遊幼生の着底を可能にしていることが考えられます。さらに、着底した後に稚仔が生息場所として利用する狭い隙間等は、流れが緩やかな場所にある小さい玉石や礫が重なっている底質に多く存在します。

  玉石帯はナマコだけではなくエゾアワビやウニ類にとっても浮遊幼生の着底や稚仔の生息場所として重要な環境です。稚ナマコやエゾアワビの稚貝は、埋没せずに複層に重なっている玉石の下側や、そのような玉石が作る隙間に生息していることが潜水調査で観察されています。

  水産工学室では2010年1月に「低速振動流水槽」を導入しました(図6)。この水槽では一方向の流れではなく、自然環境に近いゆっくりした振動流を設定することができます。今後は、この水槽を用いた室内試験により、水産で有用な底生動物の初期生態に及ぼす流れの影響を明らかにしていきたいと考えています。

(北海道立中央水産試験場 水産工学室 干川 裕
北海道立栽培水産試験場 生産技術部 酒井勇一)

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