水産研究本部

試験研究は今 No.663「新しいサケ仔魚管理システムとしてのTOM型浮上槽の機能とその効果」(2010年04月23日)

さけます・内水面水産試験場
さけます資源部さけます管理グループ
研究主幹 小林美樹

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はじめに

  北海道のサケ資源は、近年、5,000 万尾を上回る高い資源レベルで推移し、一昨年こそ8年振りに 4000万尾を下回ったものの、ここまで増えたのは増殖事業に携わってきた数多くの人々の努力に加えて、技術的な進歩によるところが大きいでしょう。これら成果だけをみればあたかも技術が既に完成されたかのように見えます。しかし、ある一定程度の技術水準には達しているものの未だ改良改善の余地は多いのです。一連の事業管理の中で、手をかける回数は少ないにもかかわらず「生まれてから浮上して泳ぎ出すまでの管理」がとても重要です。この時期、卵黄嚢という栄養の袋を抱えて生まれてくることから、手をかけなくても良い分、安易に考える人も多いですが、この時期の管理ミスは、稚魚の成長はもちろんその後の健康面にも影響し病気にかかりやすくなるなど、注意が必要です。

  現在、北海道では養魚池(生まれてから内部栄養で成育し浮上するまで管理する池)を使用した管理が主流ですが、東北地方では浮上槽が一般的です。この時期、生まれた子供に無駄な運動をさせない管理を目標にしますが、従来の養魚池方式では魚の流れに対する正の走性(流れに対して泳ごうとする性質)から、蝟集等運動を完全に抑制できません。少しでもそれを緩和するには、自然産卵環境と同様な垂直的な水の流れによる安静管理が大切です。ここで以下に述べる各管理方式の詳細な説明は割愛しますが、現在、立体式孵化器、養魚池を利用したハニカム方式、浮上槽の 3つがあります。
    • 図1
      図1 TOM型浮上槽の立面図
    • 写真1
      写真1 TOM型浮上槽全景

      上部写真:蓋した状態
      下部写真:開放状態

  その中でも健康な魚を生産する上で優れているのが浮上槽です。今回、構造面及び機能面での改良改善を加え、より扱い易いものにしたのが新しく開発した TOM 型浮上槽(図 1、写真 1:実用新案登録済み)です。この紙面を借りてご紹介いたします。

結果

  最初に、浮上槽とは何ぞやということから説明しましょう。簡単に言えば、サケの卵が生まれて成長し、稚魚として泳ぎ出すまでを管理する「安静成育ベッド(自然界でいう産卵床)」です。自然界では、生まれたサケの子供は産卵床の砂利の中で成長し、おなかに抱えた栄養を吸収し終わると稚魚として川に泳ぎ出してきます。水温8度では、生まれてからおよそ 2ヶ月もの長い間、光の入らない砂利の暗い中で過ごすことになります。
    • 表1
現在行われている人工孵化事業の中では、この期間中の管理を浮上槽が肩代わりするわけです。私たちが一日の疲れを癒すために寝心地の良いベッドを求めるように、生まれたばかりのサケの子供も同様でしょう。従来まで行われてきた管理では、その構造上の問題(水の流れ等)から安静にすべき時期の魚がどうしても泳いでしまい、せっかく栄養の袋を抱えているのに運動するためのエネルギーに使われてしまいます。そうすると、できあがる魚のサイズが小さくなったり(表1)、泳ぐ力が減少したりしてしまいます(表2)。また、この時期の魚は体表が弱く、「スレ」などによるミズカビ病への罹病なども観察される場合もあります。浮上槽はそれらを解消し、今まで以上に健康な稚魚を生産できることがわかっていました。ただ、従来型の浮上槽には問題点がいくつかあり、その一つが成育に一番大切な水の流れが均一でないことです。水が均一に流れないと、成育はおろか生き残りにも影響してきます。もう一つの問題点は、「浮上槽」という名称なのに、浮上時期に浮上してこないことです。彼らが自主的に浮上してくるのを待つと、後半の魚はすべて「ピンヘッド(頭でっかちで痩せた状態)」で、今にも死にそうなガリガリに痩せた魚となって浮上してきます。従来型の浮上槽を使っている岩手県などは、作業労力は多大にかかりますが、20数年間、これを避けるために強制的に浮上させることで何とか凌いできています。
    • 表2
  今回、新しく開発した TOM 型浮上槽は、これら問題点をすべて解消し(写真2、図2)、魚にストレスを与えず自然に浮上させることができ、健康な魚の生産はもちろん、作業の効率性も一段とアップさせることができました。このように手をかけずに健康な魚を作ることができたことが一番の成果ですが、さらに加えて、新しい孵化施設建設の際に養魚池棟がいらないことから建設コストも大きく削減できることになります。
    • 写真2
      写真2 従来型とTOM型浮上槽の湧昇流の相違

      A:従来型、B:TOM型

図2
図2 従来型と TOM 型の浮上尾数の推移
サケ資源の造成には放流されてからの回遊途上における海洋環境が大きく影響してきますが、その時期は人の手をかけられない部分です。私たちが唯一できるのは、施設に見合った数の卵を採り、適切な管理を経て健康な魚を生産し、適期に放流するかだけです。ですから、一連の事業管理の中で、ただ単に計画に則った放流数の魚を生産し放流するだけでなく、飼育等各管理の課程で魚の潜在能力を引き出しながら、如何に回帰向上につながる可能性を秘めた魚を作るかにあると考えています。

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