水産研究本部

試験研究は今 No.652「サケの放流効果検証の現状と課題」(2009年11月2日)

はじめに

  北海道を代表する魚であるサケは毎年秋には全道の沿岸で漁獲され、各地の河川では遡上や捕獲の光景が見られます。これら北海道の川や海で獲られるサケの大部分は人工ふ化放流(増殖事業)によって資源造成された魚です。サケの増殖事業は1888年に開始され、国と道と民間が携わって今日まで続いています。現在、北海道では毎年約10億尾のサケ稚魚が放流されて約5000万尾の来遊(沿岸漁獲+河川捕獲)が安定的に見られますが、1960年代までは来遊が増えず増殖事業の効果は見られませんでした(図1)。その後1970年代に入ると来遊数は著しく増加しました。これは1960年代から始まった給餌飼育や適期放流といった増殖技術の向上が大きく貢献したと考えられています。この他に1970年代に生じた北太平洋の海洋環境の好転や1990年代の公海漁業の終了なども、来遊数増加の要因と考えられています。これらの要因が生じた時期は重なる部分も多く、それぞれの効果についての検証は必ずしも十分ではありません。道立水産孵化場としては増殖事業による放流でどれだけサケが回帰しているのか(放流効果)を調査、検証していく必要があると考えています。
    • 図1
    • 図2
放流効果の検証は、河川で捕獲したサケの年齢組成を調べて採卵年(年級群)ごとの回帰尾数を求め、それを各年級の放流数で割った回帰率を用いて行います。検証を全道規模で行えば大きな傾向が捉えられますが、回帰率の変動パターンは海区間、更には海区内の地区や放流河川ごとにも異なります。このことから北太平洋の海洋環境だけではなく、放流河川や孵化場における放流状況や沿岸環境が放流効果に影響すると考えられます。放流河川や孵化場は増殖事業の基本単位といえる存在であり、これら個別の放流効果の検証を積み重ねることは地区、海区、全道の放流効果の検証に繋がると考えられます。しかし、そういった個別の放流効果の検証例は少なく、更にその検証方法についても課題があります。そこで今回は日本海北部地区にある暑寒別川で道立水産孵化場道北支場(以下、道北支場)が行った放流効果の検証を例に、放流効果検証の現状と課題をご紹介いたします。

放流効果の検証方法

  放流効果の検証は「河川単位での検証」と「放流群単位での検証」の2つの方法から成っています。河川単位での検証は、回帰率を経年的に見て、回帰率に与える要因を検証するものです。放流群単位での検証は標識放流によって回帰率に及ぼす影響を限定し、要因を検証するものです。

  河川単位での放流効果の検証:検証は道北支場が設立された年の1973年級群から1999年級群について行いました(図2)。年齢組成の分からない年級群もあるため、単純回帰率(採卵から4年後の河川捕獲数を放流数で割ったもの)を求め、回帰率を左右する要因の1つと考えられる放流時の魚体重と回帰率の関係を検証しました。放流時の魚体重と回帰率の関係には相関は見られませんでしたが、体重が増えれば回帰率が上昇する傾向は見られました(図3)。しかし、この検証だけでは魚体重だけが回帰率に影響を及ぼしているのかは分かりません。毎年変動する沿岸環境なども併せて考慮しなくてはなりません。

図3
表1 標識放流試験の放流条件と回帰率
年級群 放流群 魚体重
(g)
放流数
(千尾)
回帰率
(%)
1995 小型群 1.0 1123 0.04
大型群 1.3 1138 0.04
1996 小型群 0.8 1284 0.06
大型群 1.1 1264 0.08
  放流群単位での放流効果の検証:放流時の魚体重と回帰率の関係をより詳しく調べるために道北支場では1995年級群と1996年級群を用いて小型群と大型群を設定し、耳石に蛍光色素(ALC)で標識を施して標識放流を行いました(表1)。暑寒別川に回帰したサケの中から標識魚を回収し回帰率を求めましたが、この検証では標識魚の回帰率が非常に低く、放流時の体重と回帰率の関係を明確にすることはできませんでした。しかし、こうした検証を行うことで単一の年級群においては目的以外の要因を減らし、要因と回帰率の関係性を明確にしていきます。

放流効果の検証に関する課題

 このような2つの方法で放流効果を検証していきますが、その検証には課題もあります。今回の暑寒別川における河川単位での放流効果の検証では、設立当初からの放流時の魚体重と回帰率について検証しました。しかし、このような放流数や捕獲数のデータが有っても検証を行っていない河川や孵化場があり、更にデータを蓄積する必要があります。また、今回は魚体重と回帰率の関係についての検証を示しましたが、回帰率に影響する沿岸環境や放流時期といった他の要因についても検証していかなければなりません。放流効果の指標となる回帰率についても河川捕獲されたサケだけではなく、河川捕獲の何倍にもなる沿岸で漁獲されるサケも含めて考える事が必要です。

  今後は放流河川や孵化場単位の個別のデータを蓄積して回帰率を左右する要因を調べ、北太平洋の海洋環境などの影響も組み込んで放流効果の検証を行う必要があります。そうしてより効果的かつ効率的なサケの放流技術を確立していく事が重要だと考えています。

(水産孵化場道北支場 實吉隼人)

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