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林産試験場

4-7 木材糖化

4-7 木材糖化

研究の始まり

昭和19年,我が国における木材糖化の研究が,海軍省の委託を受けた東京大学農学部坂口研究室において,濃硫酸法による木材糖化の研究として始まりました。

昭和21年には農林省山林局がこの研究を継承し,基礎研究が不十分なまま鶴見において中規模試験が計画されましたが,戦後の機械工業の復興の遅れから,この計画は中止されました。

しかし,北海道庁は,北海道における未利用広葉樹の蓄積増加とその利用対策として木材加水分解に注目し,昭和24年から山林局の事業に参画した研究者を中心として基礎研究を開始しました。

林業指導所(林産試験場の前身)における木材糖化研究

翌25年からは林産試験場の前身である,設立間もない北海道立林業指導所が中心に研究を進めることとなっていましたが,指導所の設備や人員の整備が急務であったことから,昭和29年までの研究は全て外部に委託して実施されました。

その後,北海道立林業指導所は,加水分解の前工程であるヘミセルロースの除去とヘミセルロースからのナイロン等の原料となるフルフラールの製造の研究を担当しました。

このような中,国においても,自立経済6か年計画として昭和30年1月に「木材糖化の企業化の推進」が明記され,閣議決定されるとともに,工業技術院においても重要課題として木材化学を取り上げるなど,木材糖化の研究の重要性がさらに増していきました。

昭和32年には,林業指導所に木材消費量2.5t/日,糖生産量1t/日規模の試験装置を設置し,本格的な中間プラント試験に着手しました。

企業化とその後

昭和34年4月北海道庁は,昭和24年以来の研究投資を基に,木材糖化の企業化の見通しがついたとして,北海道木材化学株式会社を設立しました。

昭和37年4月には工場建設を開始し,昭和38年8月8日 本操業を開始しました。

しかし,加水分解の前工程である蒸煮工程,糖化原料を得る脱水・乾燥工程,糖化工程等に次々トラブルが発生し,昭和39年3月31日工場は閉鎖されました。

トラブルの原因について

このトラブルについては,参考資料1)に5つの原因が指摘されています。

その中の一番目として,「実験室規模,糖生産量1t/日規模の中間プラントによる試験では成功していたが,一挙に生産量を80t/日にスケールアップしたため,工程に多くのトラブルが発生したこと」が挙げられています。

また,「技術担当者はほとんど化学研究者であり,化学機械および化学工学分野を専門とする技術者の不足によって」「装置上の問題に十分対応ができず」と記載されています。

最終的には資金が続かず会社は破綻しました。

参考資料では,実験室の結果と工場を結びつける技術の不足を主因として,実大規模の生産の前に,もう2段階程度,中規模のプラントによる実験が必要であったと提言し,その中で技術を習得する必要があったと総括されています。

おわりに

参考資料では技術の不足を主因としていますが,これに加え,安価なトウモロコシの輸入という予想外の要因も加わって,木材糖化技術の企業化は軌道に乗りませんでした。

しかし,地球上のバイオマス資源の90%以上が森林バイオマスであることや,現在の耕地面積では増大する地球人口をまかないきれず,今世紀には地球規模の食料危機の到来も懸念されることを考えると,この木材糖化の研究の成果が生かされる日が再び来るかもしれません。

参考資料

1) 北海道法を考える会編:”わが国における木材加水分解工業-北海道木材化学株式会社の記録-”,エフ・コピント冨士書院(株),(1997)


林産試験場の刊行物データベースに収蔵されている文献の中から,比較的まとまった論文を以下に示します。

また,林産試験場の図書室には,北海道木材化学株式会社関連の図面・工程・作業旬報などが収蔵されていますので,こちらもご活用ください。

比較的低温(150℃以下)に於ける木材酸糖化に関する基礎的研究
小林 達吉(東京教育大学):林業指導所研究報告,第3号,1-26(1952)

木材糖化用浸透機に関する研究
葛岡 常雄(東京工業大学):林業指導所研究報告,第7号,1-28(1953)

濃硫酸法による木材糖化のプロセスに関する研究
小林 達吉(東京教育大学):林業指導所研究報告,第7号,29-48(1953)

糖化廃硫酸と燐鉱石との反応
小林 達吉(東京教育大学),酒井 愿夫(東京教育大学):林業指導所研究報告,第7号,49-70(1953)

木材糖化液に適する酵母及び酵母類似菌に関する研究
小林 達吉(東京教育大学):林業指導所研究報告,第7号,71-128(1953)

木材糖化工程の工業化に関する研究(第1報)加水分解装置に関する試験結果
葛岡 常雄(東京工業大学):林業指導所研究報告,第8号,1-16(1954)

木材糖化工程の工業化に関する研究(第2報)濾過装置に関する試験結果
葛岡 常雄(東京工業大学):林業指導所研究報告,第8号,17-24(1954)

木材糖化工程の工業化に関する研究(第3報)糖化生成物の性質
葛岡 常雄(東京工業大学):林業指導所研究報告,第8号,25-33(1954)

濃硫酸法による木材糖化のプロセスに関する研究(2)
Expeller型捏和装置による鋸屑の糖化及び熟成時間に就て

小林 達吉(東京教育大学),伊藤 多賀司(農林省林業試験場):林業指導所研究報告,第9号,1-12(1954)

木材糖の発酵利用に関する研究
第1報 木材糖の酒精発酵に関する研究
第2報 亜硫酸パルプ廃液より酵母の製造に関する研究
第3報 亜硫酸パルプ廃液のbutanol-isopropanol発酵に関する研究

山田 浩一(東京大学):林業指導所研究報告,第9号,37-96(1954)

濃硫酸法による木材糖化のプロセスに関する研究(4)
稀硫酸による広葉樹ペントーザンの加水分解速度

小林 達吉(東京教育大学),酒井 愿夫(東京教育大学):林業試験場研究報告,第10号,1-31(1956)

濃硫酸法による木材糖化のプロセスに関する研究(5)
前加水分解の収支と脱水および乾燥について

小林 達吉(東京教育大学),見立 和夫(東京教育大学),露崎 主計(東京教育大学):林業指導所研究報告,第10号,31-43(1956)

濃硫酸法による木材糖化のプロセスに関する研究(6)直接硫安を副産する方法
小林 達吉(東京教育大学),広瀬 保(東京教育大学),見立 和夫(東京教育大学):林業指導所研究報告,第10号,45-58(1956)

濃硫酸法木材加水分解に関する研究 第6報 前加水分解工程について(その三)シラカバチップのペントーザンの加水分解
保坂 秀明ほか7名:林業指導所研究報告,第15号,1-31(1959)橋弘行 本江満 長谷川勇

濃硫酸法木材加水分解に関する研究 第6報 前加水分解工程について(その四)ペントース溶液からフルフラールの製造
保坂 秀明ほか7名:林業指導所研究報告,第15号,32-40(1959)

濃硫酸法木材加水分解に関する研究 第7報 前加水分解工程について(その五)木材の水蒸気蒸煮によるフルフラールの製造
保坂 秀明ほか7名:林業指導所研究報告,第15号,41-63(1959)

濃硫酸法木材加水分解に関する研究(第8報)酸回収工程について(その四)イオン交換樹脂膜 Amberplex C-1,A-1による電解脱硫酸に関する基礎的研究
唐牛 勇,松野 武雄(横浜国立大学):林業指導所研究報告,第15号,64-105(1959)

濃硫酸法木材加水分解に関する研究 第9報 酸回収工程について(その五)国産イオン交換膜を用いた電解脱硫酸に関する研究
田中 栄一(北海道東京事務所),桑田 勉(東京大学):林業指導所研究報告,第15号,106-137(1959)

濃硫酸法木材加水分解に関する研究(第10報)主加水分解工程について(その7)小パイロットプラントによる主加水分解
小林 達吉(東京教育大学)ほか3名:林業指導所研究報告,第15号,138-148(1959)

濃硫酸法木材加水分解に関する研究(第11報)主加水分解について(その8)主加水分解後の糖化残査の濾過による分離
小林 達吉(東京教育大学),見立 和夫:林業指導所研究報告,第15号,149-166(1959)

濃硫酸法木材加水分解に関する研究(第12報)前加水分解工程について(その六)フルフラール-メタノール-水-及びフルフラール-醋酸-水両三成分の液々平衡
保坂 秀明ほか8名:林業指導所研究報告,第15号,167-175(1959)

濃硫酸木材加水分解に関する研究(第15報)研究経過の総括および最近の研究結果について
木材糖化研究室:林業指導所研究報告,第19号,1-24(1961)