水産研究本部

試験研究は今 No.700「マガレイ仔稚魚の耳石日周輪について」(2011年11月11日)

はじめに

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図1 マガレイ成魚の耳石(扁平石)
魚類の頭部には耳石という硬組織が存在します。成魚については、この組織上に「木の年輪」のようなリングが年に1本形成される場合が多く、水産試験場でも様々な魚種において、耳石を用いた年齢査定が行われています。細かい話をすると、耳石には種類が3つあり(扁平石・礫石・星状石)、それぞれが左右の眼球付近の頭部に1対ずつ存在します。このうち、扁平石と礫石は孵化直後から観察され、1971年にPannellaという学者によって「孵化後間もない仔稚魚の耳石上には1日に1本のリング(日周輪)が形成される可能性がある」ということが報告されました。これ以降様々な魚種について、仔稚魚の耳石(扁平石・礫石)上に日周輪が形成されることが確認されています。

耳石日周輪の重要性

 卵から仔魚が孵化した時から耳石日周輪が形成されたとすると、その本数を数えることで仔稚魚1個体ずつの日齢を知ることができます。また、仔稚魚を採集した日から日齢を引き算すると、個体ごとの孵化日を知ることができます。耳石の成長(輪紋幅)は体サイズの成長と強く関係しているので、輪紋幅を計測することで1日ごとの成長率を推定することも可能です。仔稚魚が孵化した時期や成長は初期の生残を左右する重要な要素であり、耳石日周輪解析はこれらの情報が得られる重要なツールであるといえます。余談ですが以前、東京大学海洋研究所が中心となって、人類史上初めてニホンウナギの天然卵が採集されたというニュースが流れましたが、このウナギの産卵場の推定に至る過程においても耳石日周輪解析は一役買っています。

イワシ類のシラスや、イカナゴの"小女子"のように仔稚魚期にまとまった漁獲がある魚種は少なく、多くの魚種は成魚になって漁獲されます。したがって、「そんな小魚のこと調べて何になる?」と思われるかもしれません。しかし、魚類の毎年の資源加入レベルは生まれてから1年以内(卵~仔魚~稚魚)の生き残りによってほぼ決定されると考えられており、この観点から耳石日周輪から得られる仔稚魚期の情報は魚種を問わずに重要であるということができます。

マガレイの耳石日周輪

2006~2007年にかけて、著者は栽培水産試験場の松田泰平(生産技術部)や佐藤敦一(調査研究部)と共に飼育実験を行い、マガレイ仔稚魚の耳石上にも日周輪が形成されるか調査してきました。結果がまとまりましたので簡単に紹介させていただきます。 

1. マガレイ仔稚魚の耳石上にも日周輪が形成された

孵化後数日経った仔魚の耳石(扁平石・礫石とも)上には細かいリングが観察されました(図2)。孵化後の日数と、このリングの本数との関係は直線で表され、回帰直線の傾きがほぼ1であることからリングは1日に1本形成されることがわかりました。なお、マガレイでは孵化直後の耳石上にはリングはみられず、卵黄が吸収される時期(今回の実験では孵化後6日)に日周輪形成が開始されることがわかりました。 
    • 図
      図2 マガレイ飼育仔魚の耳石(左)と日齢とリング数の関係(右)

      (Joh et al. 2011の図2および4を引用して一部改変)

2. 成長と共に形が大きく様変わり

カレイやヒラメの類(異体類)の仔魚は、若齢時には他の魚類と同様に左右に眼球があり水中を漂って生活しています。しかし、発育が進むと体高が増し、どちらか片方の眼球がもう片方へ移動して、いわゆる異体類の形態になるとともに海底上で生活するようになります(稚魚)。この時期を変態期というのですが、マガレイ仔魚の耳石の形状はこの変態期に大きく変化することが分りました。

扁平石の外縁には変態期になると多数のコブのような構造がみられ、形状が非常に複雑になりました(図3)。輪紋幅の計測はすべての個体で同じ部位で行う必要があります。しかし、耳石の形状がこうなってしまうとそれは困難であり、結果的に扁平石を用いた日周輪解析は仔魚期に限定されることが分りました。
    • 図
      図3 変態期仔魚の扁平石(40日齢). 白矢印:外縁に形成される" コブ "

      (Joh et al. 2011の図3を引用して一部改変)

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図4 稚魚の礫石(60日齢). 白矢印:変態期には輪紋のコントラストが弱くなる

(Joh et al. 2011の図4を引用して一部改変)

礫石は仔魚期初期では扁平石同様に円形でしたが、発育が進むと徐々に菱形のような形に変化しました。しかし、扁平石のような"コブ"の形成はみられず、仔稚魚期を通じて同心円上にリングが形成されました。また、変態期に形成されるリングは極端に幅が太くてコントラストが弱いという特徴があることがわかりました(図4)。この存在を利用して、仔魚期は仔魚期、稚魚期は稚魚期といったように別々に日齢や成長が解析できることが明らかになりました。
以上のように、仔魚期だけ日齢・成長が知りたければどちらの耳石を利用することも可能、逆に仔稚魚期を通じて日周輪解析を行いたいのであれば礫石を用いるのが良いということが分りました。

最後に

網走・稚内・中央水産試験場では、日本海~オホーツク海に分布するマガレイについて資源評価を行っており、様々な調査を行っております。そのなかで、数年に1度発生する資源加入レベルの高い年級群(同じ年生まれ集団)が資源状態の安定には不可欠であることがわかっています。上述のとおり、資源加入レベルは卵~仔魚~稚魚期に決定されている可能性が高いことがわかっています。このため、資源加入レベル決定の仕組みを明らかにすることを目標にして、現在日本海およびオホーツク海で採集されるマガレイ天然稚魚について耳石日周輪解析を行っているところです。

なお、本内容については、英文ですがFisheries Science 77号:773~783ページに詳しく書かれています。
(網走水産試験場 城  幹昌) 

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