水産研究本部

試験研究は今 No.697「「ウロコメガレイ」の生態について」(2011年10月03日)

「ウロコメガレイ」の生態について

ウロコメガレイ
写真1 ウロコメガレイ

(体長290ミリメートル)

  「ウロコメガレイ」といっても、あまり聞き慣れない魚種名かもしれません。ウロコメガレイAcanthopsetta nadeshnyi は北日本や日本海に分布するカレイ類で、それほど珍しい種ではなく、主に底びき網漁業やトロール調査などで漁獲されます。ザラザラとした分厚い皮とウロコに覆われており(写真1)、大型個体の見た目は何やら不気味な雰囲気を漂わせています。煮ても焼いてもそれほど美味しくない魚とされており、そのためか、水揚げされることはほとんどありません。北水試においても本種を対象とした研究はなく、資源量はもちろん、分布生態や成長・成熟といった基本的な特徴もほとんど判っていません。

  現在、北水試の加工部門では他機関との共同研究で、このような「未低利用資源」のすり身技術開発を進めており、ウロコメガレイでは上質カマボコの物性や白色度を得ることに成功しています(試験研究は今-第677号を参照)。ウロコメガレイの利用技術開発がさらに進み、商品としての価値が上がってくれば、いずれは漁業や加工業の支えになっていくことが期待されます。

  しかし、本格的に漁獲対象となったとしても、どの程度の資源量があるのか、何歳で何 センチメートルくらいになるのか、初めて成熟する年齢や大きさはどの程度か、といった基本的な資源情報が無いと、無秩序な漁業のもと乱獲が進み、せっかく漁業資源となってもすぐに枯渇させてしまう恐れがあります。利用技術開発等にあわせ、生物・生態的な特徴を把握しておく必要があります。

 水産資源の生物・生態的特徴を把握する場合、漁業による漁獲物の測定や年齢査定を通じて様々な情報を得ることができますが、漁業の対象となっていない種については、まずは、研究
者自ら採集調査を行い「対象種を集める」ことから始めなくてはなりません。そこから得られる情報に基づき、推論を立て研究要素を整理したうえで事業としての展開方向を定めていくこ
ととなります。ウロコメガレイについては、北海道日本海で実施している、スケトウダラやハタハタを対象とした調査船によるトロール調査で混獲があります。このトロール調査で採集さ
れたウロコメガレイについて測定や年齢査定を行い、その特徴の一端を把握しました。

  対象としたのは、留萌振興局管内の沖合で、2009 年 7 月下旬に実施した中央水試調査船おやしお丸(2010 年 3 月に用途廃止)のトロールで採集されたウロコメガレイです。調査は水
深約 260~180メートル の海域で実施しましたが、ウロコメガレイが比較的多く採集された、平均水深 257メートル と 194メートル の 2 点のすべての標本を用いました。
  まずはその体長(標準体長)組成を図 1 に示します。これら二つの調査点の位置は東西に 7キロメートル程度離れているだけですが、体長組成は大きく異なっていました。両調査点ともに体長 180~250ミリメートル くらいのサイズが多く採集されましたが、深い方の調査点(257メートル)では体長 100~写真1 ウロコメガレイ(体長290ミリメートル)170ミリメートル のサイズ範囲にある個体も多く採集されました。浅い方の調査点(194メートル)では雄の割合が圧倒的に多いのに対し、深い方では雌も多く採集されるという明瞭な違いがありました。両調査点・雌雄ともに体長 200ミリメートル より大きい個体の大半は、産卵・放精の直前から終了後の状態とみられました。一方、深い方の調査点で採集された100~170ミリメートル にある個体は全て未熟でした。また、浅い方の調査点では体長 100ミリメートル に満たない幼魚が 5 個体採集されました。
    • グラフ
      図1 ウロコメガレイの体長組成

      (留萌沖2009年7月下旬)

  次に、標本の年齢を耳石の輪紋から判断しました。ウロコメガレイの耳石は写真 2 のように透明帯と不透明帯が規則的に並び、比較的明瞭な輪紋パターンを呈しています。ソウハチやマガレイなどと同様に透明帯と不透明帯の 1 セットで 1 年分として計数して得られた年齢組成を図 2 に示します。両調査点ともに、160ミリメートル 以上は 4 歳以上の複数年齢で構成されており、10 歳以上の高齢魚もみられました。5~9 歳魚の各年齢群が全体に占める割合はいずれも同程度であり、一つの高豊度年級群が資源を支えているような状況ではありませんでした。257m 調査点の 100~160ミリメートル サイズ群は 2、3 歳魚で、100ミリメートル 以下の幼魚はいずれも 1 歳魚と判断されました。
    • ウロコメガレイの耳石
      写真2 ウロコメガレイの耳石

      (体長344mmの雌)

    • ウロコメガレイの年齢組成
      図2 ウロコメガレイの年齢組成

      (留萌沖2009年7月下旬)

ウロコメガレイの年齢と成長の関係(留萌沖)
図3 ウロコメガレイの年齢と成長の関係(留萌沖)
   各年齢の平均体長を基に、年齢と体長の関係(成長曲線)を雌雄ごとに示しました(図 3)。3 歳頃までは雌雄の体長に大差はありませんが、それ以降の年齢では雌は雄より大きいという特徴がありました。
 さて、以上のとおり、1時期・2調査点のみの採集標本に基づく結果ですが、ここから日本海のウロコメガレイの生態を「推理」してみます。
 
(1) 産卵期は6〜7月?:得られた標本は、産卵直前や放卵中、放卵後の個体が多かったことから、採集時期の7月下旬は産卵期の終盤に当たるのではないかと思われます。生殖腺の成熟進行の程度には個体差が大きいことから、産卵期は比較的長い可能性もあります。
 
(2) 成熟開始は体長約200ミリメートル、4〜5歳から?:体長200ミリメートル以上になると成熟魚の割合が急に増加するので、それくらいの大きさから成熟が始まると思われます。年齢と体長の関係(図3)から体長200ミリメートルは4〜5歳に相当しますので、それが初成熟年齢と考えられます。
 
(3) 成長速度は他のカレイ類よりやや遅めだが、未利用のため高齢・大型魚の割合が高い?:成長曲線(図3)の雰囲気からは、ソウハチやマガレイなど同所に分布するカレイ類に比べると成熟までの成長速度がやや遅い印象を受けましたが、雌の方が成長の良いことは多くのカレイ類に共通した特徴です。5〜10歳以上の割合が多いのには驚きました。おそらく、漁獲圧がかかっていないため、種本来の寿命である10歳以上まで生き残る確率が高く、成長量の小さくなる200ミリメートル以上のサイズ範囲には、複数の年齢群が「溜まっている」状態になっているのではないか、と思われます。
 
(4) 通常の分布域は250メートル以深で、産卵期に200メートル以浅に移動か?:水深194メートル調査点で得られた成熟魚はほとんどが雄で、257メートル調査点では雌の方が多くみられました。257メートル調査点では未成魚が多く採集されたのに対し、194メートル調査点では未成魚が採集されず、産卵から1年を経過した幼魚が比較的多く採集されました。多くのカレイ類で産卵海域への往復移動については雌が雄より短期間に行われることを考えると、今回の結果は、既に産卵を終えた雌が深みに分散しつつ、雄の成魚と分布水深が異なっている状態になっていることを想像させます。これらのことから、未成魚期および策餌期の成魚は250メートル以深の海域で過ごし、成熟すると産卵期にはそれまでより浅い水深帯に移動し産卵を行い、ふ化後の個体は少なくとも200メートル以浅の海底に着底後、次第に深みへと分布を移していくのではないかと思われます。
 
  でも、やはりこれだけの結果のみから言える事というのは推論の域を出ません。より確かな情報に仕上げるためには、もう少し広範な海域範囲で季節を変えた複数回の調査による採集物を分析する必要があります。また、年齢査定の技術にも改善の余地があることや、生殖腺の肉眼観察から成熟状態を判断することに限界があり、組織学的な検討を加える必要があることも感じました。そのような研究を進めると、以上のような「推論」が確かなものになり、あるいはその誤りが正され、そしてまた新たな「推論」が生まれ、それが次の研究課題となっていきます。未利用資源の生態研究はそのように進んでいきます。
 
(中央水産試験場 資源管理部 星野 昇)

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