水産研究本部

試験研究は今 No.693「ホッキガイの濾水活動による水質浄化効果の評価」(2011年07月20日)

はじめに

  北海道の浅場や干潟にはホッキガイやアサリといった二枚貝が広く生息しており,これらは海水中に懸濁する有機物を濾し取って食べることから,海域の水質浄化に貢献していると考えられています。

  一方,水産基盤整備事業では,費用便益分析により投資効果を適切に評価することが求められており,二枚貝を対象とした増殖場造成事業については「水産基盤整備事業費用対効果分析のガイドライン(水産庁:平成22年4月)」の中で水産物生産コストの削減効果や漁獲可能資源の維持・培養効果に加え,水質浄化効果を便益額として計上できるようになりました。そして,水質浄化効果を貨幣化する手法として,二枚貝の濾水による有機物処理機能から水質浄化の指標となるCOD*1処理量を「事業による二枚貝増加量×濾水量×処理率×海水中のCOD」により算定し,これを下水道処理費用に代替させる手順が示されています。

  そこで,中央水産試験場水産工学グループでは,ホッキガイの増殖場造成により見込まれる水質浄化効果の貨幣化に向けて,原単位となる濾水量と処理率を室内実験により算定しましたので,その結果を紹介します。
*1 化学的酸素要求量。有機物による汚濁の程度を表す。

実験方法

  実験には殻長40~95ミリメートル,重量15~260グラムのホッキガイを使用しました。濾過海水4Lを注入した容器に貝を1個体ずつ入れ,エアレーションを施しながら,以下の計測を行いました。

【濾水量】
容器に餌として珪藻の一種Chaetoceros gracilisを1,000~3,000細胞/ミリリットルの濃度になるように注入し,貝の濾水によって減少する珪藻の濃度を1時間ごとに計測しました。実験は開始から4時間後に終了とし,濾水量(立方メートル/個体/年)を計算しました。以上の計測を水温5,10,15および20度の4条件で15個体ずつ行いました。

【処理率】
二枚貝用配合飼料を毎日0.2~0.3グラム給餌しながら,残餌量と増重量を1週間ごとに計測し,増重量×100/(給餌量-残餌量)により処理率(パーセント)を計算しました。実験期間は貝の増重が確認されるまでとし,計測は水温10度と20度の2条件で5個体ずつ行いました。

得られた結果

 【濾水量】
一般に二枚貝の濾水活動は,水温の影響を受けることが知られています。このため,本実験では,ホッキガイの生息水温帯と考えられる5~20度の範囲内に4つの水温条件を設定しました。

  ホッキガイの重量と濾水量の関係を図1に示しました。両者の間には有意な差が認められ(P<0.01),ホッキガイの濾水量は増重に伴って増加することが判明しました。また,水温と濾水量の間にも有意差が検出され(P<0.01),ホッキガイの濾水活動は水温の影響を受けることも明確になりました。そこで,各水温間にみられる濾水量の差を検討したところ,濾水量は5~15度に比べて20度で有意に増加する傾向が認められました(P<0.01)。
    • 図1

  以上の結果から,濾水量の原単位を5~15度と20度に区分し,それぞれを重量の関数として整理したのが表1です。これらに基づいて,ホッキガイの一般的な漁獲サイズである殻長75ミリメートル(重量110グラム)および90ミリメートル(重量207グラム)における濾水量を計算すると,5~15度ではそれぞれ2.1および3.4立方メートル/個体/年,20度ではそれぞれ4.9および6.4 立方メートル/個体/年となりました。

表1 濾水量の原単位
水温 濾水量(m3/個体/年)
5~15℃ 0.052 W 0.782
20℃ 0.705 W 0.414
W:ホッキガイの重量(g)

【処理率】
ホッキガイの濾水量は,5~15度の範囲では有意差が認められなかったことから,ここでは10度と20度の2条件で実験を行いました。

  飼育実験により得られた増重量,給餌量および残餌量を実験期間と併せて表2に示しました。実験期間は10度では31日,20度では29日であり,両水温とも増重までにほぼ同じ期間を要しました。また,処理率は,10度では12.8パーセント,20度では20.4パーセントと計算されるとともに(図2),両者の間には有意差が認められ(P=0.02),原単位を10度と20度に区分して示すことができました(表3)。

    • 図2
表2 飼育実験の結果一覧
水温 10℃ 20℃
実験期間 31日間 29日間
増重量(g) 0.49±0.14 0.53±0.25
給餌量(g) 4.60±0.00 2.92±1.15
残餌量(g) 0.76±0.17 0.33±0.07
表中の数値は,平均±標準偏差
 
表3 処理率の原単位
水温 処理率(%)
10℃ 12.8%
20℃ 20.4%

【便益額の試算】
  以上の結果を踏まえ,昭和63年に苫小牧地区において実施された地先型増殖場造成事業を例に,ホッキガイの水質浄化効果による年間便益額を試算してみました。

  この事業では,堤長100メートルの離岸堤5基を水深5m前後のホッキガイ漁場に造成することによって貝の打ち上げ防止を図り,年間190トンの資源量増加を見込んでいます。ホッキガイの具体的な殻長は明記されていませんが,ここでは北海道漁業調整規則に定められている殻長75ミリメートルを増産対象と仮定しました。また,苫小牧海域における離岸堤周辺のCODは,2.2ミリグラム/リットルと報告されています。さらに,水温5~15度と20度でホッキガイの濾水量が異なることから,その境界を17.5度と仮定し,苫小牧海域における水温17.5度以下および以上の年間日数を調べた結果,それぞれ304日および61日と算出されました。

  以上の前提に基づいて,先述のガイドラインに示された算定式によりホッキガイの増加生息量によるCOD処理量を計算すると,1,357.3キログラム/年となりました。一方,水質浄化効果による年間便益額は,COD処理量を下水道処理費用に代替させて計算することが示されていますので,ここではCOD除去量当たりの年間経費の原単位4,965円/キログラム/年を適用し,算定式「COD処理量×除去量当たりの年間経費」により年間便益額を計算しました。その結果,ホッキガイ増殖場造成事業により見込まれる水質浄化効果による年間便益額は約673万円と試算されました。

おわりに

  本実験では,ホッキガイ増殖場造成により見込まれる水質浄化効果の貨幣化に向けて,室内実験により濾水量と処理率を計測するとともに,便益額算定のための原単位と計算例を示しました。得られた成果は,今後のホッキガイ増殖場造成事業を計画する際の費用便益分析に用いられるだけでなく,事業評価への活用も期待されます。今後は,ホッキガイ増殖場に生息するバカガイやサラガイについても同様に水質浄化効果を評価し,地域の実情にあった便益額算定手法を確立する必要があります。

(中央水産試験場 資源増殖部 櫻井 泉)

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