水産研究本部

試験研究は今 No.692「脊椎骨数を利用した自然再生産サケの産卵環境推定」(2011年07月01日)

はじめに

  北海道のサケ資源は人工ふ化放流によって支えられており、近年は5,000万尾前後の来遊が見られる高位安定の状況にあります。しかし、最近の調査により稚魚放流を行っていない河川にもサケ親魚の回帰や稚魚の発生が見られることがわかってきました。これら自然再生産しているサケはどのような生活史や繁殖生態を持っているのでしょうか? 現在、高位安定にあるサケの増殖事業は100年以上前から行われていますが、最初から成功していたわけではなく、試行錯誤を繰り返してきた時代がありました。その際、自然再生産しているサケの生態を「お手本」にして増殖事業を成功に導いた事例がいくつかあります。例えば、稚魚の放流時期の調整などは、自然再生産するサケの生態を参考にして技術の改良がおこなわれてきました。したがって、自然再生産するサケの生態を再評価することは増殖事業のさらなる発展にもつながることが期待されます。そこで、当場では自然再生産しているサケを対象にあらためてその繁殖生態を評価する研究を行っています。今回は自然再生産しているサケがどのような産卵環境(水温)の中で発生しているのかを推定してみました。

産卵環境の推定方法

写真1
写真1 冬に遡上してきたサケ
  調査場所として、千歳川の支流である漁川を選定しました。この河川ではサケの増殖事業は行っていませんが、毎年9月には多くのサケの遡上が見られ、1月になってもサケが見られます(写真1)。これまでの調査から遡上盛期は9月中旬であることが知られています。
  このように長期間にわたり遡上してくるサケの産卵環境を推定するために、今回は脊椎骨数の変異を利用しました。魚類の脊椎骨数は発生初期の水温により変化することが知られています。もし、漁川のサケの脊椎骨数がふ化時の水温の違いにより変化を示せば、産卵時の水温を推定することが可能です。そこで、漁川で捕獲したサケ3組から採卵を行い(雌3尾、雄3尾による雌雄一対交配)、受精卵を5等分しふ化まで異なる水温で飼育しました。そのうち4群の飼育水温は4、9、12、16度の一定水温とし、残り一群はかごに入れて再び漁川へと戻し、ふ化直前に川から引き揚げました。ふ化後は同じ9度の水温で飼育したのち、脊椎骨数の比較を行いました。

試験中の漁川の水温は9.0~13.9度で変化し、受精後から23日後までは12度飼育群よりも高かったのですが、その後徐々に低下しました(図1)。受精からふ化までの河川水温の平均は12.0度であり、12度飼育群と同じであったため、河川水飼育群と12度飼育群の脊椎骨数を比較してみました。
また、漁川のサケ遡上親魚の脊椎骨数がどのような変動を示すのかを確かめるために、漁川で産卵した後の親魚(ホッチャレ)を回収し、季節変動の有無を調査しました。
    • 図1
      図1 河川水と12℃飼育群の水温変化(受精~ふ化)

結果

  サケの脊椎骨数は飼育水温により変化しており、9度でもっとも低い値を示し、その前後で高くなるV字型曲線を示しました。この変化は3家系とも同じ反応を示しました(図2)。また、平均水温が同じであった河川水飼育群と12℃飼育群の脊椎骨数は同じ値を示していました(図3)。
    • 図2
      図2 異なる水温で飼育したサケの脊椎骨数の変化
    • 図3
      図3 12℃飼育群と河川水飼育群の脊椎骨数の比較
  親魚の脊椎骨数は季節により変化しており、早い時期に遡上してきた親魚ほど高い脊椎骨数を持っていました。しかし、9月上旬から10月下旬にかけて、時期の経過と共に脊椎骨数の平均値は徐々に低下しました。10月下旬に最も低い値を示した後、11月下旬には平均値は少し高くなり、その後は脊椎骨数に大きな変動は見られず、ほぼ一定の値を示していました(図4)。
    • 図4
      図4 サケ稚魚における脊椎骨数の季節変動

脊椎骨数の変動から推察できること

  飼育実験の結果と野外調査の脊椎骨数の変動を突き合わせてみると、どちらも中間の水温もしくは季節で最低値を示し、その前後で高くなる傾向を示しています。このことは何を意味しているのでしょうか?

  脊椎骨数は高水温で発生した群で高くなっていました。また、河川水温で発生したサケの脊椎骨数と一定水温(12度)で発生させたサケの脊椎骨数は変わらないことから、脊椎骨数は水温変動の有無に関わらず、受精からふ化までの平均水温により左右されていることが推察されます。一般にサケは湧水(水温8度前後で一定した水温を示す)の湧くところで産卵すると言われていますが、サケ親魚の脊椎骨数の変動を見ると季節と共に変化しています。早い時期に遡上してくる群は高水温かつ季節変動のある河川水で産卵しているのではないでしょうか。一方、後半の脊椎骨数はほぼ一定であることから、河川水が湧水よりも低下する寒い時期に遡上してくるサケは、従来言われていた通り、水温がほぼ一定の湧水で産卵しているのではないでしょうか。自然再生産するサケの研究は未知の部分も多いため、今後も研究を進めていく必要がありそうです。

(さけます・内水面水産試験場 さけます資源部 安藤 大成)

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