水産研究本部

試験研究は今 No.673「ブラウントラウトの魚食性」(2010年09月16日 )

はじめに

図1
 ブラウントラウト(Salmo trutta)はヨーロッパ及び西アジアが原産のサケ科魚類で、日本に移殖されたのは1892年と言われています。北海道では1980年に新冠人工湖で初めて確認されて以来、急速に分布域を拡げました。生息する水系数は1997年には18、2001年には40と急激に増加し、現在では70以上と推定されています。 ブラウントラウトは、外来生物法(特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律)で「要注意外来生物」に指定されている他、日本生態学会による「日本の侵略的外来種ワースト100」や国際自然保護連合による「世界の侵略的外来種ワースト100」に選定されています。また北海道では、内水面漁業調整規則によってブラックバスやブルーギルなどとともに移殖放流が禁止されている他、北海道庁生活環境部が作成した「北海道の外来種リスト(ブルーリスト2010)」ではカテゴリーA1*注に分類されています。このようにブラウントラウトが「問題のある外来種」として取り扱われている背景に、在来種との競合や駆逐、捕食、交雑などの危険性が国内外で指摘されていることがありますが、実は北海道内においてその実例を示したデータは決して多くはありません。そこで、さけます・内水面水産試験場では、ブラウントラウトの成長や食性、他の魚との交雑状況などのデータを蓄積することによって在来生態系やさけます増殖事業に与える影響を評価しようとしています。特に、食性の解析、中でも魚食性の強さを把握することは他の魚類への影響を評価しやすくすることにつながりますので、ここでは北海道南部の鳥崎川で行ったブラウントラウトの食性調査について簡単に結果を紹介したいと思います。

注:環境に影響を与えている種とされる 225 種が選定されているカテゴリーA は、さらに対策の優先度によってA1〜A3の3段階に区分されており、最上位のA1(緊急に防除対策が必要な外来種)にはブラウントラウトとブルーギルの魚類2種のほか、アライグマ、ミンク、セイヨウオオマルハナバチ、ウチダザリガニの合計6種類が選定されています。

調査の方法

 調査は渡島管内森町の鳥崎川で行いました。2009年5月から8月にかけて4 回、渡島管内さけ・ます増殖事業協会や森町役場、森漁業協同組合などの協力を得て、電気ショッカーでブラウントラウトを採捕しました。採捕した134尾のうち、尾叉長9.0〜60.2センチメートルのブラウントラウト97尾の胃を取り出してホルマリンで固定し、後日、胃内容物を調べました。

結果

 ブラウントラウトの胃内容物を表1 に示しました。ブラウントラウトは餌として利用できるものはほとんど総て食べていることが分かります。余談ですが、他の川ではカエルやサンショウウオの両生類、さらにはネズミが胃の中から出てきた例もあります。捕食されていた昆虫類では時期によって違いがあり、5月では水生昆虫(主にカゲロウ・カワゲラ・トビケラなど)の幼虫、6月では水生昆虫の成虫、そして8月では陸生昆虫が多く食べられている傾向がありました。

 何も食べていなかった4尾を除く93尾のブラウントラウトのうち、魚を食べていたのは24尾(25.8パーセント)でした。表2 は、魚を食べていたブラウントラウトの尾数を、食べられていた魚種別に示したものです。複数の魚種を食べている場合があるので、ブラウントラウトは延べ数で表しています。予想に反して、サクラマスの稚魚を食べていたブラウントラウトは多くありませんでした。一方、フクドジョウを食べていたブラウントラウトが多かったのが特徴的です。図 2 にブラウントラウトの大きさ別の魚食割合を示しました。体長(尾叉長)14センチメートル以下のブラウントラウトでは魚を食べていたものは0パーセント、55センチメートル以上では100パーセントが魚を食べていたことを表します。鳥崎川では、尾叉長で15センチメートルを超えると魚食がみられるようになり、25センチメートル(体重200グラム)を超えると魚食性が強まることが分かります。欧米では体長30センチメートルを超えると魚食性が強くなるとされており、鳥崎川でもほぼ同様の結果が得られました。
    • 表1、表2、図2
図3
 図3はブラウントラウトの胃内容物重量に占める魚類の割合を示したものです。魚体の大きさに関係なく、魚類を食べているブラウントラウトでは餌としての魚類の重量比が高いことが分かります。魚食していたブラウントラウト24尾中、3分の2の16尾において餌重量の80パーセント以上が魚類で占められていました。
 
 ブラウントラウトは魚食性が非常に強いとされており、そのために在来生態系に大きな影響を与えると言われています。しかし、一般的にサケ科魚類は魚食性が強い性質を持っており、淡水中に限ってみても、イトウやアメマス、サクラマス幼魚(ヤマベ)はブラウントラウトに劣らない魚食性を示します。ただし、イトウを除き、アメマスとサクラマス幼魚は魚体が大きくありません。大型のアメマスは河川内で生活する期間が限られており、産卵のために海から遡上してきた大型のサクラマスは餌をあまり食べません。また、希少種のイトウは生息数が多くありません。ブラウントラウトと同じ外来魚であるニジマスも大きく成長し、魚食性もありますが、昆虫類を餌とする傾向が強いようです。ブラウントラウトと他のサケ科魚類におけるこのような淡水における生活期間や魚体の大きさの違いが、ブラウントラウトを危険な魚と考える根拠になっています。北海道に生息するサケ科魚類で、ブラウントラウトほど大きく成長し、長い期間にわたって川で生活する、しかも比較的生息数が多い種類はいません。「大きく成長する」という特徴は、その餌を魚類に依存するということを示唆します。図3に示したように、動物食の大型魚がその身体を維持するためには魚類を餌とすることが最も効率的だからです。また、「長い期間、川で生活する」という特徴は、他の魚を捕食する期間が長いということを意味します。このようなブラウントラウトが規模の小さい川に多く生息している場合、そこに生活する他の魚類に対する捕食圧はかなり高いものになると考えられます。特に、鳥崎川ではサクラマス稚魚よりもフクドジョウが多く食べられており(表2)、動きの鈍い底生性の在来魚に対する影響が大きいと推測されることから、今後はその辺りに注意を払いながらデータを集めていきたいと考えています。

さけます・内水面水産試験場 内水面資源部 杉若 圭一

印刷版