水産研究本部

試験研究は今 No.676「鱗から検証するサケ稚魚の生き残り」(2010年10月29日 )

はじめに

  北海道では毎年秋になるとサケが沿岸の定置網で漁獲される様子や河川に遡上する姿が見られます。これらのサケ資源は明治時代から始まった人工ふ化放流によって支えられています。現在の北海道では毎年約 10億尾のサケ稚魚が放流され、約5000万尾の来遊(沿岸漁獲+河川捕獲)が見られています。全道的には高い来遊を示していますが、地域間の格差や年変動は増大する傾向にあります。

  サケの生活史における減耗の大部分は稚魚が降海した直後の沿岸生活期に起き、稚魚の沿岸域での生き残りが来遊数を左右すると考えられています。稚魚の沿岸域での生き残りを高めるには放流魚のサイズ(尾叉長と体重)と放流時期が重要と考えられていて、現在の放流事業では放流サイズが5センチメートル、1.0グラム以上、沿岸水温が5〜13度の時期に行うことが目安とされています。最近では放流された稚魚の沿岸における生態や沿岸環境についての調査が行われていて、来遊数と併せてどのような稚魚をどの時期に放流するのが効果的かを明らかにすることが目標となっています。

  この研究では網走川とその沿岸域においてどのような稚魚が生き残り、回帰しているかを詳しく調べるために、標識を付けて放流した稚魚とその回帰親魚の鱗を用いてサケ稚魚の生き残りについて検証を行いました。

  鱗には年齢や成長といった生活の履歴が記録されている事が知られています。サケの鱗には「隆起線」と呼ばれる輪が同心円状に多数見られます(図 1)。隆起線はサケの成長に伴って形成され、外側に向かって数を増していきます。隆起線の間隔が密になった部分は「休止帯」と呼ばれ、成長の停滞する冬に形成されます。休止帯を数えることでサケの年齢(冬を何回過ごしたか)を知る事ができます。

  今回は鱗による検証の結果と、異なる時期に放流したサケの河川回帰率(放流尾数に対する推定捕獲数の割合)とを併せて紹介します。
    • 図1
      図1 親魚の鱗

      隆起線が同心円状に形成される。矢印で示したのが休止帯。冬を3回過ごした4年魚の鱗

    • 図1
      図1 稚魚の鱗

      親魚同様に隆起線が見られる。鱗の中心から端までが鱗径。

方法

  網走川において2003年11月15日に採卵された卵を用い、放流サイズを揃えて放流時期を変えた5月中旬放流群と5月下旬放流群を設定しました(表1)。両群の稚魚の耳石に蛍光色素(アリザリン・コンプレクソン(ALC))による標識を施し、他の放流群や両群間での区別ができるようにしました。稚魚の放流後には網走川と網走湾において採集および環境調査を行いました。この放流群が回帰の主群である3、4、5年魚として回帰する年に網走川において標識親魚の回収調査を行いました。今回は最も回帰の多い4年魚(2007年)の回収調査結果について紹介します。両放流群について放流時の稚魚と河川および沿岸で採集した稚魚、網走川で回収した親魚の鱗を測定し(鱗の大きさ(鱗径)、隆起線数、隆起線間隔)、解析を行いました。
    • 表1
      表1 放流群の設定

結果

  稚魚の鱗径と尾叉長の回帰分析から、両群ともに鱗径が大きければ尾叉長も大きい事が示されました。両群ともに放流時の稚魚では約2本の隆起線が形成されていました。この事から鱗の中心から2本目の隆起線までの距離を放流時点の鱗径と仮定し、各群内において放流時の稚魚、採集された稚魚、回帰した親魚でその大きさを比較しました。その結果、5月中旬放流群では放流時には見られた鱗径が100ミクロン以下の稚魚、つまり小型の稚魚の割合が放流後から有意に減少している事が示され、群内における放流サイズの違いによって、その後の生き残りが異なる事が示唆されました(図 2)。

  5月下旬放流群では親魚において同様に100ミクロン以下の小型稚魚の割合が減少する傾向がみられました。
    • 図2
      図2 放流時の鱗径の割合

      5月中旬放流群

    • 図2
      図2 放流時の鱗径の割合

      5月下旬放流群

 一方、4年魚として回帰した標識親魚の回収尾数は5月中旬放流群で52尾、下旬放流群で18尾であり、河川回帰率は5月中旬放流群が2.4倍高い値を示し、放流時期の違いが生き残りに影響を与えている可能性が示唆されました。これは2004年における網走沿岸域の水温がサケ稚魚の沿岸での生息適水温の上限である13度を6月中旬に超え、5月下旬放流群の生息適期間が5月中旬放流群に比べて短かった事が影響したと考えられます。

おわりに

  鱗の解析からは放流時のサイズ、標識放流による回帰調査からは放流時期がサケ稚魚の生き残りに影響していることが示されました。このように来遊数などから放流効果を評価する事と沿岸調査で沿岸での状況を明らかにする事、更に鱗の解析などで稚魚と親魚を繋いだサケ稚魚の生き残りを検証する事により、効果的な放流の条件を明らかにしていきたいと考えています。

(さけます・内水面水産試験場 道北支場 實吉 隼人)  

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