水産研究本部

試験研究は今 No.355「「少ない資源」からのスタート~資源管理研究の今日この頃~(後編)」(1998年8月7日)

「少ない資源」からのスタート 資源管理研究の今日この頃 (後編)

  本稿の前稿で、「少ない資源」からスタートしなければならない次世代の漁業者、研究者は、漁業経営や研究技術に資源の豊富な頃とは異なる斬新なアイデアを導入しなければならないことを書きました。今回はその後編として、今後新しい資源の管理、運用プランが図られていく中で、これだけは絶対知っておいて頂きたいという、ひとつの「考え方」を紹介することにします。

  それは一言で言うと、ある魚1匹を漁獲することが「海に取り残された残りの魚達をどれだけ悲しませるか」ということを数字で表そうとという考え方なのです。ピンとこないと思うので例え話から入ります。少々暗い例えですが、過去事故で亡くなられた人の遺族に支払われる賠償金は、その人がそれ以降も生きていたら残りの人生でどの位の稼ぎを得ることができるかを考慮して決められると聞きます。その人が亡くなったことで残された家族の方々が受けるダメージは図り知れませんが、そのダメージの大きさを、亡くなった人が家族にもたらす筈だった経済効果に基づいて数値化するのです。当然、亡くなった時の年齢で余命が変わるので、最終的な評価額は年齢に応じて変わるのでしょう。

  魚にこの考え方を使ってみます。魚の場合も、突然、漁業という「不慮の事故」によって死んでしまうことがある訳ですが、感情もなければ金も稼がない魚の世界では、ある1匹が漁獲されることで残された資源が受ける悲しみ、ダメージは、その魚がもし死なずに生きていたら、残りの人生ならぬ魚生でどれだけの卵を産み残すことができたか、つまり、どれだけ今後の資源量の増加に貢献できる筈であったか、ということによって評価されます。
図1
  図1を見ながら、今一度説明します。いま、仮に、5才で成熟して卵を3千個産み、その後寿命で死んでしまうというような魚を想像します。このような魚種で、たとえば満2才の魚1匹が漁獲されたとき、残りの資源が受けるダメージを数字に表してみましょう(「ダメージ値」と呼ぶことにします)。その魚は、もし漁獲されなければ5才のときに卵を3千個産むはずでした。でも、この時に漁獲されなくても、卵を産む5才になるまでに死んだり漁獲されたりするかもしれないので、そのことを考えにいれます。卵を産むまでに生き延びる可能性が五分五分だとしたら、「3000個」に1/2をかけ算した「1500」が、その2才魚1匹が漁獲されることでのダメージ値となります。満4才の魚1匹の場合は、卵を産む5才までもう少しなので、5才まで生き延びる確立を高めの2/3とすると、ダメージ値は3000×2/3で、2000となります。2才の魚1匹と4才の魚1匹では、4才の魚を獲る方がおよそ1.3倍2000/1500)、資源へのダメージが大きいというこ」とになるわけです。

  さて、今度はこれを出荷するとします。2才魚(このサイズを銘柄小とします)
を箱詰めします。4才魚(このサイズを銘柄大とします)も、同じ大きさの箱に詰めます。銘柄小を入れた箱には20匹、銘柄大の方は10匹が入ったとします先に計算したとおり、2才魚1匹のダメージ値が15004才魚1匹では2000でしたから、銘柄小の箱1つ分のダメージ値は、1500×20=30000、同じように、銘柄大では、2000×10=20000となります。1匹あたりのダメージ値は体の大きな4才魚の方が大きかったのに、箱に詰めたトラックに積んだりと、1箱あたり、もしくは目方あたりのダメージ値に計算し直すと、小さい銘柄の方がより資源へ与えるダメージが大きくなってしまいました。
今度は、実際の水産資源でこの評価をしてみます。私は北部日本海のナンバンエビ(ホッコクアカエビ)資源を担当していますので、この資源について、これまでに水試の研究で明らかになった情報を元にダーメージ値の計算をしてみました。(図2)。

    • 図2
  銘柄小、中、大、それぞれ1キログラムあたりのダメージ値です。だんとつでダメージ値が高い」のはご覧の通り銘柄小でした。

  小銘柄は目方あたりの単価は安いくせに、目方あたりのダメージ値はえらく高い、結構不経済な商品なのです。

※もちろんこんな機械はまだ実際に作られてはいません。

  以上、ダメージを使った資源診断テクニックの一例を紹介しましたが、ダメージ値という名は私が勝手に作った言葉で、科学界では「繁殖価」と呼ばれています。

  資源を構成する個々の魚ごとの資源的価値を数字で表すという、この考え方が「少ない資源」を効率よく管理・運用していく上で必要不可欠なものになってきています。これからの水産業を担う漁業者、研究者の皆さんは、今回の話だけは覚えていると損はないと思います。ご質問など大歓迎です。

(稚内水産試験場 資源管理郡 星野 昇)