水産研究本部

試験研究は今 No.370「ケガニ稚ガニへの標識試験について」(1999年1月8日)

ケガニ稚ガニヘの標識試験について

  放流した種苗の移動・分散・生き残りなどの行動追跡や放流効果を把握するために、標識法がよく用いられます。ケガニの成体ではアンカータグを用いた調査が行われていますが、稚ガニは頻繁に脱皮するので、一般に用いられている各種の標識法は用い難く、まだ確立された方法はありません。

  そこで、コーテッドワイヤータグ(CWT、以下タグと略す)を用いた試験を行いましたので、その概要を紹介します。この方法は、魚類の標識法として開発されたものであり、長さ0.53ミリメートル、直径0.25ミリメートルの磁気性円柱ステンレス鋼のタグを、体内に挿入するものです。このタグは大変小さくて、肉眼では見つけにくいので、金属探知器を用います。この標識のよい点は、何年経っても識別可能なこと、標識魚の行動に与える影響の少ないことなどです。

  試験に供した稚ガニは、日栽協厚岸事業場から平成10年7月に提供されたものです(甲長8.79~13.18ミリメートル)。60個体の右側第3歩脚基節の筋肉中に、上記タグ1個を装着しました。そのうちあ30個体は装着時の針孔が開いたままの開孔群、残りの30個体は傷からの感染などの影響を防ぐため、外科用接着剤アロンアルファで針孔を塞いだ開孔群としました。さらに無標識の30個体を対照群として、穴を開けた仕切り板で16室に区切ったプラスチック製コンテナ(外寸、660×440×200ミリメートル)で、1室1個体ずつの飼育を行い、71日間にわたって、生残、脱皮及びタグ脱落の有無を調べました。試験中、脱皮しない個体(未脱皮)と1回あるいは2回脱皮した個体がありました。試験終了時の生残率は、開孔群では90パーセント、開孔群と対照群では100パーセントでした(表1)。

表1 標識試験結果
  供試
個体数
生存個体数
(生残率パーセント)
脱皮個体 タグ保持個体数・未脱皮(保持率) タグ保持個体数・1回脱皮(保持率) タグ保持個体数・2回脱皮(保持率)
開孔群 30 27(90) 27 1(3.7) 7(25.9) 0(0.0)
閉孔群 30 30(100) 27 3(10.0) 16(53.3) 2(6.7)
対照群 30 30(100) 26 - - -

  試験開始の翌日から脱皮する個体がみられ、試験終了までに1回以上脱皮した個体は、開孔群と開孔群でともに27個体(脱皮率、90パーセント)、対照群では26個体(同、86.6パーセント)で、群による差はありませんでした。

  なお、2回目の脱皮したのは、開孔群で6個体、開孔群で5個体、そして対照群では3個体でした。

  試験終了時にカニの生体にタグが存在したのは、開孔群では、死亡した3個体を除いて、未脱皮の1個体と1回脱皮の7個体の計8個体(タグ保持率、29.6パーセント)でした。2回脱皮した6個体は全て脱落しました。開孔群では未脱皮の3個体、1回脱皮の15個体および2回脱皮の3個体の計21個体にタグは残っていました(保持率、70.0パーセント)。

  開孔群でタグが脱落した19個体中、1個体だけが未脱皮(5.3パーセント)でしたが、残り18個体のうち10個体(52.6パーセント)は脱皮に伴ってタグは行方不明となり、5個体(26.3パーセント)はその脱皮殻にタグが存在し、3個体(15.8パーセント)は脱皮直後には生体にタグはありましたが、後日無くなりました。これに対して開孔群では、脱落した9個体中8個体(89パーセント)の脱皮殻にタグが存在し、残り1個体(11.1パーセント)は脱皮後タグは行方不明でした。両群の結果は大きく異なりました(図1)。
    • 図1
  以上、タグ装着時の針孔を塞ぐ処置は、高い生残率を維持し、タグの脱落を軽減するなど効果がありました。ただ、この処置は手作業なので、扱う数量には限界があり、また、確実性に欠けるなどの問題があって、実用化には迅速で確実に処置のできる機器の開発・改良が必要となります。

  なお、脱皮を重ねると保持率は低下しますので、稚ガニに標識した場合、どの位の期間有効かの課題が残されました。本法は、現在、クルマエビやガザミなど甲殻類でも試験されています。ただし、
食品衛生面の問題がありますのでステンレス鋼の代わりに金が使用されることもあります。しかし、脱皮と脱落との問題が依然として残っております。

  日栽協は、平成2~6年度に「新素材標識の開発事業」を行いました。その報告によれば、ケガニやガザミを対象に、医療分野で人工骨や人工歯根に用いられているハイドロキシアパタイトを用いた標識が検討がされています。また、ミトコンドリアDNAに着目した遺伝的標識法が検討され、新たな知見が蓄積されています。これまでの問題点を克服した新標識法の確立が望まれるどころです。

(栽培センター貝類部 菊地和夫)