水産研究本部

試験研究は今 No.385「踊るニシン群来大捜査線!」(1999年5月21日)

踊るニシン群来大捜査線!

1.45年ぶりにニシンが群来た

  「はい、こちら現場のTです。ただいま 3月18日、時刻は9時をすこし回ったところです。留萌市礼受の漁港から国道231号を増毛に向かい200メートルほど上った場所に私は立っています。路上には多くの車が止まっており、なにが起きたのかというように皆、海を見つめています。さて、海の方に目を向けますと、おお、辺り一面、乳白色まるでイオウ質温泉か、はたまた牛乳をぶちまけて薄まったかのようであります。これがニシンの群来たあとなのでしょうか。それでは岸まで降りていってみます。岸には漁業者とその関係者と思われる人、カメラ等を持った報道陣でごった返しています。こちらに留萌南部湾岸署(注:留萌南部地区水産技術普及指導所のことです)のM署長がいらっしゃいますのでお話を聞いてみることにします。はい、カメラまわして。M署長、よろしくお願いします(署長あわてて整髪する)。今回のニシン群来事件について経過をご説明願えますか。」

  「はい、それは1本の電話から始まりました。(内容の概略)今日の早朝5時半頃、留萌漁協所属の佐藤末吉さんが浜回りをしている時に、前浜が広い範囲で白く濁っているのに気が付きました。近隣の漁業者と話し合い、どうやらニシンが群来たのではと判断し、我々湾岸署をはじめ各機関へ通報しました。一方、漁業者数人が刺し網を設置してみるとニシンがかりました。我々が駆けつけ、現場検証を始めた午前8時頃の状況はニシンの放出した精液で辺り一面白濁しており、その範囲は海岸線500メートル以上、沖だし100メートル程でした。沖にはノリ礁が設置されており、その内側全体と、一部は礁の外まで見られました。岸の方の海藻には卵が多数付着してました・・というのが今までの状況です。あ、いま北方海域特捜部稚内分署(注:稚内水試資源増殖部のことです)の人達が到着しました。」

  「どうもおそくなりまして(早速ですが今回の群来について一言、と切り出され)あ、いきなりですか、そうですね・・(内容の概略)今年は2月から漁獲の多かった厚田村嶺泊地区で、3月初めに昨年と同場所で産卵が確認されています。留萌海域でも昨年卵が発見された留萌港~小平町臼谷にかけての藻場を捜索しているが卵は見つかっていませんでした。昨日ここ礼受地区も調査し、卵がないことを確認しており、観察される付着卵はすべて今日産卵されたものであることがわかっています。今後は付着卵の分布調査を行い、卵の分布範囲および量、着生基質となっている海藻の繁茂量と環境条件について明らかにしていく。また、野外での卵発生、孵化の状況を続けて観察していきたいと考えております。」「はい、ありがとうごさいます。では漁業者の方にも・・(以後略)。なお、この規模での群来が最後に見られたのは四十数年ぶりとのことです。以上、現場からTがお伝えしました。」

2.ニシンの孵化仔魚を発見

  「(小声で)はい、再び現場のTです。ただいま 4月15日、時刻は午後8時30分、辺りはすっかり暗く、車の通行も少なくなってきました。ここは3月にニシンの群来が見られた留萌市礼受です。こちらでは今夜いよいよニシンの孵化が起こりそうだということで例の稚内分署と南部湾岸署員が捜索に入っております。全員が海水面にライトを当ててじっと中を覗き込んでいます。いま一人が岸へ上がってきましたので質問をしてみたいと思います。すいません、今日ニシンが孵化するということはなぜわかりましたか。」

  「(一瞬、また、あんたかというような表情をし)確証はありませんが、現場での卵の発達状況を追跡・観察してまして、眼や体の発達状況や回転運動から孵化直前を思わせます。また、稚内に運び水槽で飼育していた卵が、昨日から孵化し始めたという連絡をうけていますので、現場でもおそらく今日あたりと推測しております。」

  背後から「お、いた、これがニシンの仔か」という声。懐中電灯で水面を照らし、すくい網で水面下のなにかを掬っていた怪しげな一人も「おお、捕れる。眼が慣れたら結構いるぞ」とやや興奮した面持ちだ。

  「どうやらニシンは孵化しているようです。いま一人がサンプル入りのビンを持ってきました。どれがニシンの仔なのでしょう。(光をあてると眼がきらきらするよ、と言われ)あ、いました。全長1センチメートルに満たないシラスのような仔が数匹います。」

  「今まで室内飼育や種苗生産ではもちろん見ていますが、天然で孵化直後のサンプル確保したのはこれが初めてです。まだ、孵化していない卵も残っていますが、これから数日のうちに全て孵化するでしょう。これから稚魚ネットを曳き、仔魚のサンプルを得て今日の調査を終了しようと思います。今後は、仔魚の分布と成長に着目していくつもりです。」

  「おかげで我々も貴重な取材をすることができました。以上現場からTがお伝えしました。」(その時、パトカーが停車し、2人の警官が近づいてきた。「ここで何してるのですか。いや、いま密漁者でないかと通報があったものですから」(その後の展開、省略)

あとがき

スギモク
  特に話題になったニシンの群来と孵化についての様子をお伝えできたでしょうか。「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きているんだ!」ということを身にしみて感じた出来事でした。

  写真 スギモクに付着したニシン卵 (平成11年3月18日、留萌市礼受地区)

(稚内水試資源増殖部 多田 匡秀)