水産研究本部

試験研究は今 No.318「IHNに強い魚・異質三倍体」(1997年9月12日)

IHNに強い魚・異質三倍体

1 はじめに

  IHN(Infectious hematopoietic necrosis:伝染性造血器壊死症)はサケ・マス類に対する病毒性がとても強く、現在ワクチンも薬剤も無いことから増殖事業や養殖において非常に大きな問題となっている伝染性感染症の一つであり、IHNに強い新しい魚種が早急に求められています。

  異種間、異属間の交雑を行えば、雑種強勢や両方の有利な特性を有する種が作出されるとともに、早期に新しい魚を作りだせる可能性があります。さらに染色体操作による倍数化技術を用いることで、第2極体の放出を阻止し、母系ゲノム2組と父系ゲノム1組を有する三倍体雑種(異質三倍体)を作ることができます。異質三倍体は異質二倍体に比べて生存性が高く、成熟しない可能性があるため、優良種を作出する有効な手段と考えられます。

2 交雑の組み合わせと生存性

  異質二倍体および異質三倍体の作出には、シロザケ、カラフトマスなど10種類のサケ・マス類を用い、11種類の作出を試みました。

表-1 サケ・マス類異質二倍体及び三倍体の作出条件と生存性
魚種(雌雄) 異質二倍体 異質三倍体
発眼 孵出 浮上 発眼 孵出 浮上
サクラマス×オショロコマ
サクラマス×カラフトマス
サクラマス×サケ ×     ×  
サケ×ヒメマス ×    
カラフトマス×ヒメマス  
カラフトマス×サクラマス
カラフトマス×ギンザケ ×   ×  
カラフトマス×マスノスケ    
カラフトマス×ニジマス ×     ×
カラフトマス×大西洋サケ × ×
カラフトマス×イトウ ×
備考:○は生存、×は致死を示す。

異質三倍体作出における倍加処理には加温処理法(20度5分の前処理の後に魚種毎に25度から29度の温水に20分から25分の浸漬処理)あるいは加圧処理法(700気圧6分間の処理)を用いました。

異質二倍体では、サクラマス雌×オショロコマ雄、サクラマス雌×カラフトマス雄、サケ雌×ヒメマス雄、カラフトマス雌×ヒメマス雄、カラフトマス雌×サクラマス雄の5種類で浮上魚が得られ、カラフトマス雌×マスノスケ雄の1種類で孵出仔魚が得られました。

異質三倍体では、サクラマス雌Xオショロコマ雄、サクラマス雌Xカラフトマス雄、カラフトマス雌Xヒメマス雄、カラフトマス雌×サクラマス雄の4種類で浮上魚が得られ、カラフトマス雌×マスノスケ雄、カラフトマス雌×イトウ雄、の2種類で孵出仔魚が得られました。

3 IHN抗病性の検討

弓のようにして作出された浮上魚から、異質二倍体5種、染色体の倍加が確認された異質三倍体4種および対照魚4種について、IHNに対する抗病性を検討しました。

平均体重は1.0~4.8グラムの供試魚を50から100尾用い、IHNウイルスのサクラマス本型魚分離株(HLM一1)を体重1グラム当り、200PFU腹腔内注射して30日間観察し、生残率を求めました(図1)。

対照魚では、サクラマスが1パーセント、ヒメマスが4パーセントと生残率は低く、サケは93パーセント、カラフトマスは99パーセントと高い生残率を示しました。異質二倍体では、サクラマス雌×カラフトマス雄、サクラマス雌×オショロコマ雄、カラフトマス雌×サクラマス雄およびサケ雌×ヒメマス雄で60パーセント以上の高い生残率を示し、異質三倍体では、サクラマス雌×オショロコマ雄およびカラフトマス雌×サクラマス雄で50パーセント以上の生残率を示しました。これらのことから、IHNウイルスに対して坑病性の低いサクラマスおよびヒメマスは、坑病性の高いサケ、カラフトマスおよびオショロコマとの交雑により坑病性が高まると考えられました。なお、死亡魚および生残魚からウイルス分離を行っなところ、生残率の低い魚種では死亡魚のほとんどからIHNウイルスが分離されました。一方、生残率の高い魚種では生残魚のほとんどの個体からウイルスは分離されませんでした。
    • 図1

4 これから

このように、サケ・マス類の交雑および染色体倍加操作によってIHNウイルスに対する坑病性の高い養殖魚を作出できる可能性が示されました。

今後は、作出した魚たちについて成長特性、妊性をして商品価値(味など)を調べる必要があります。

(北海道立水産艀化場 養殖技術部・病理環境部)