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北海道林業試験場研究報告-第49号-

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第49号(平成24年3月発行)

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北海道における有用材・良質材生産のための森林造成・保育技術の研究(PDF:3.95MB)
滝谷美香
P1~34
有用材・良質材生産を効率的に行うため,落葉広葉樹二次林の更新特性や成育を把握し,また針葉樹人工林の保育方法を確立するための研究を行った。天然生資源の持続的利用を考えるため,バット材として利用されているアオダモについて種子発芽特性を明らかにした。また,良質の広葉樹材として利用価値の高いウダイカンバ二次林について,林分成長特性を明らかにした。更に低密度植栽に適しているグイマツ雑種F1の新しい低密度植栽技術の検討を行った。
アオダモ種子の発芽特性を解明する目的で実験を行った結果,果実の発芽適温は20℃で,果皮は物理的な発芽抑制原因であることがわかった。また種子休眠の程度は弱いと考えられた。北海道におけるアオダモの分布域では,種子散布期の気温が20℃を上回る機会は少ないため,弱い休眠でも秋の誤発芽を防止できると考えられた。実生と同時期に発生した萌芽幹は,実生よりも初期成長量や生残率が高い傾向にあり,萌芽幹はアオダモの天然更新において重要な位置を占めると考えられた。
約30年生のウダイカンバ二次林において間伐を行った後11年間調査を行い,成長量や葉群構造の変化を記述し、変化の要因を明らかにした。年間の総落葉量と,総落葉量に対する夏葉の割合は,林分の発達程度や間伐強度,食葉性昆虫の大発生によって変化した。春葉は夏葉より粗成長量に対する貢献が大きいことが示唆された。森林の生産性を評価したり調節したりする場合,樹冠の生物季節学的構成を考慮する必要があることがわかった。
カラマツよりも通直性が高いとされるグイマツ雑種F1の低密度植栽地で,11年生の個体に枝打ち試験を行った。地上高4mまでの強度枝打ち処理を行った場合,個体の成長速度は一時的に低下したが4年後には回復した。強度枝打ちによる後生枝発生は材質の低下を招くほどではなかったが,枝打ち後の林内の相対光量子束密度(rPPFD)を20%以下に抑えることが推奨される。

日本産マツノネクチタケの分類と生態(PDF:3.26MB)
徳田佐和子
P35~88
ミヤマトンビマイ科マツノネクチタケ属に属する木材腐朽菌マツノネクチタケの種複合体:Heterobasidion annosum s.l.(広義)は,北半球広域に分布し,針葉樹を中心とした林木に著しい根株腐朽被害および枯死被害をもたらすもっとも重要な樹木病原菌のひとつである。そのため,海外では古くから本菌の生態や防除に関する集中的な研究がすすめられてきた。しかし,日本産のものについては分類学的検討や被害実態の把握すら十分になされず,知見が不足した状態にある。本研究は日本産マツノネクチタケの特徴を包括的に把握することを目的とし,標本収集と野外調査,屋内実験により,国内に分布するマツノネクチタケ属3種の分類学的位置づけ,トドマツ人工林でみつかったマツノネクチタケ被害の特徴,被害地における同菌個体群のジェネット分布と伝播法,および北海道で推奨されるマツノネクチタケ被害の軽減法を明らかにした。
日本および東アジアに産するマツノネクチタケ属菌3種(マツノネクチタケ,レンガタケ,南方系未同定種)について,分子系統解析と形態比較により分類学的位置づけを明らかにした。日本産マツノネクチタケは,マツノネクチタケ(広義)のうち比較的病原性が弱いとされる H. parviporum であったが,ヨーロッパのものとはやや異なる形態的特徴を有し,系統樹上では異なるサブクレードに属していた。従来 H. insurale とみなされてきたレンガタケは形態的特徴が H. insurale タイプ標本と異なっており,形態および塩基配列が既知の種のいずれとも一致しなかったことから,新種 Heterobasidion orientale sp. nov. として記載した。日本の南部と中国に分布する未同定種については新種 Heterobasidion ecrustosum sp. nov. として記載し,和名をカラナシレンガタケとした。分子系統解析からは,本菌が国内産の他の2種よりもオーストラリア周辺に分布する H. araucariae と近縁であることが明らかとなった。
北海道東部にある68年生トドマツ人工林において激しい根株腐朽被害が発生したため,病原菌分離菌株のDNA解析と菌叢の形態観察を行い,腐朽被害の原因がマツノネクチタケであることを明らかにした。国内で発生した同菌の被害をDNA解析により確認したのは本研究が初めてである。30×35mのプロット内にあったトドマツ伐根57本のうち27本(47%)に根株腐朽被害が確認され,マツノネクチタケ被害はこれら27本のうち14本(52%)に発生していた。本菌によるトドマツの腐朽は,心材が黄色味を帯びた淡オレンジ色~淡褐色に腐朽し,材に菌糸が詰まった細長い空隙が発達して繊維状を呈するもので,腐朽部は根株だけにとどまらず樹幹上方へむかって拡大していた。被害が著しいトドマツでは樹幹内部が空洞となり,辺材部にまで腐朽が及んでいた。一方,被害地のトドマツは衰退せず,順調な肥大成長を続けていたことから,日本のマツノネクチタケはトドマツ生立木に対して強い腐朽力を持つ一方,枯死をもたらすような強い病原性は持たないことが示唆された。
3種類の手法(体細胞不和合性試験,RAPD解析,マイクロサテライト解析)を併用して,被害地におけるマツノネクチタケのジェネット分布とその遺伝的多様性を調査した。国内における同菌のジェネット分布調査は本研究が初めてである。68年生トドマツ人工林被害地に設定した60×100mのプロット内にあった被害木伐根33本各々から分離されたマツノネクチタケ33菌株は,それぞれ1~15本の被害木に感染した8個のジェネットに識別された。特定の1菌株からなる1ジェネットだけは遺伝的に他のものと大きく異なっており,3手法すべてで一致して識別された。しかし,残り32菌株は非常に近縁であり,手法により異なった識別結果が得られた。マツノネクチタケ(広義)でこれほど近縁なジェネット群が被害地から識別された事例はこれまで報告されていない。また,径が51 mおよび50 mに達した2個のジェネットは同菌のジェネットとしては世界最大であり,成長速度から推定した齢は100年以上とみなされた。ジェネットの特徴と観察された同菌の生態から,被害地のマツノネクチタケは主に根系の接触部を通じて栄養繁殖(菌糸成長)による感染拡大を行っていることが示唆された。被害地のマツノネクチタケは,もともと1個もしくは数個の子実体でつくられた担子胞子に由来しており,人工林が造成される以前の天然林だった頃にこの場所に定着した後,残された被害木伐根もしくは感染した生残木から人工林に引き継がれ,主に菌糸成長によって隣接木間を広がったものと考えられた。
マツノネクチタケによる宿主の衰退や枯死が起こらない日本では,同菌の被害を初期段階で見つけることが難しい。しかし,トドマツ被害木は特徴的な腐朽型を呈するので,トドマツ人工林が高齢級化し収穫が行われつつある現在が被害地を見つけるよい機会であると考えられる。被害がみつかった場合,海外で行われている胞子分散を対象とした防除は基本的に不必要で,そのかわり,栄養繁殖による伝播を断つことを目的とした施業が推奨される。例えば,徹底した皆伐,被害木伐根の除去,抵抗性樹種への樹種転換,広葉樹を交えた混交林化,低密度植栽などが適当であろう。日本のマツノネクチタケは子実体形成を行うことがまれで栄養繁殖に強く依存しているので,いったん林地から感染源をなくし,トドマツ同士の根系の接触機会を減らせば,その林分におけるマツノネクチタケ被害は確実に軽減されるものと考えられる。一方,現在の北海道では,森林資源の平準化や森林の持つ多面的な機能の発揮を目的として,長伐期化,択伐や小面積の孔状皆伐,複層林化などが広くすすめられている。しかし,これらの施業は,マツノネクチタケに感染した生立木を林内に長く残すこととなり,罹病木と健全木の接触機会が増えて次世代林への被害の引継ぎや林分内での感染拡大につながるおそれがあるので,同菌の被害地では避けるべきである。

ヨーロッパトウヒ防風林の間伐後の成長(PDF:1.44MB)
福地 稔・鳥田宏行
P89~96
北海道中央部に位置する林齢25年生ヨーロッパトウヒ防風林に本数伐採率が1/3で,材積間伐率が異なる3種の間伐を実施し,林齢38年生までの13年間の直径,樹高,枝下高,林分材積の変化を継続調査した。材積間伐率で約40%の強度間伐を実施した処理区では直径成長量が最も高かった。また,下層木を中心に伐採した材積間伐率約20%の弱度間伐区では,無間伐区の直径成長量との間に差がみられなかった。間伐後13年間の材積の粗成長量は無間伐区の24m3/ha/年から間伐区の17m3/ha/年であった。一方,純成長量は無間伐区で17m3/ha/年,強度間伐区で16m3/ha/年,弱度間伐区で13~15m3/ha/年であった。無間伐区および弱度間伐区では自然枯損や風倒により材積率で26~29%枯損したが,強度間伐区では11%であった。強度間伐区では弱度間伐区や無間伐区よりも枝の枯れ上がりが抑制され,樹冠長も大きくなった。耐風性を高め林分を健全に維持するためには,強度の間伐を実施するか,早期に繰り返し間伐を実施する必要がある。

広葉樹のエゾシカ食害に対する忌避剤の効果的な適用時期(PDF:600KB)
明石信廣・雲野 明・対馬俊之・鈴木春彦・長田雅裕・大野 葵
P97~107
広葉樹にエゾシカ忌避剤を効果的に適用するには,樹種ごとの枝の伸長フェノロジーと食害の発生時期に合わせた散布適期を明らかにする必要がある。そこで,北海道標津町のミズナラ,ヤチダモ,カツラ,ハルニレ植栽地において,忌避剤を異なる時期に適用する試験地を設定し,適切な適用時期について検討した。カツラの食害は忌避剤の適用によって減少していたが,食害以外の理由による枯れ下がりが多く発生し,樹高成長への効果は明らかにできなかった。ハルニレは,忌避剤によって6月29日までの食害本数が減少したほか,その後も食害の程度は軽減され,忌避剤を繰り返し散布するほど樹高成長が大きくなった。ミズナラは,食害に反応して新たな枝を伸長させ,その部分が食害を受けるため,忌避剤散布直後の調査のみ効果が認められた。また,開葉前の忌避剤散布も樹高成長の確保に有効であった。ヤチダモは,6月下旬まで枝を伸長させた後は,ほとんど樹高成長がみられず,6月以降に食害を受けても新たな枝を伸長させることはなかった。以上の結果から,2回の忌避剤散布を行う場合,ハルニレは6月と7月下旬から8月上旬のそれぞれ下刈り前後,ミズナラは植栽直後と枝が伸長した後の7月下旬から8月上旬の下刈り前後,ヤチダモは植栽直後と当年の枝の伸長がおおむね終了した6月下旬に散布することが望ましいと考えられた。いずれの樹種も,今回の調査地よりも食害が激しい地域では,枝の伸長に合わせて,さらに回数を増やす必要がある。